6人が本棚に入れています
本棚に追加
存在証明のパラドックス
硬質な振動に揺られながら僕は眠っていた。
規則的に響くガタンゴトンと言う音と振動。
無機質な振動音のBGMに揺られ僕は目を覚ました。
僕が目覚めて最初に目にしたのは鉄の床。
僕は座席に座ったまま眠っていたようだ。
嗅覚神経を刺す腐った臭気。
ずきりと頭が痛む。
やたら重い空気が胸を圧迫していた。
僕は気分が悪くなり、
前の背もたれに頭を押し当てもたれかかって、
うつむいた。
喉が乾燥で焼きつく。
前の背もたれの床下から、
血のような赤い液体が僕の足下に流れて来ていた。
僕はその目の覚める様な警戒色の赤に、
どっきりとして首を上げた。
窓から流れる見知らぬ情景。
そこは電車の中。
窓の外は蒼一色の深海。
深海の中、透明チューブの中を電車は走っていた。
500Mおきくらいに深海の中に設置された、
凱旋門に似た門を潜り抜ける度に、
鈍い振動と音が響いていた。
いつから僕はここにいるのか?
なぜ電車に乗っているのか?
どこに向かうのか?
それに答えてくれる者はいなかった。
全てが深海の闇の中に沈んでいた。
鼻を刺す錆びた腐敗臭にむせて辺りを見渡すと、
電車の中は血の海だった。
至る所に飛び散った赤、赤、赤。
鮮血に染められた世界。
心の余白に流れ込む死の臭い。
現実の生々しさを晒し見え隠れする、
死体
死体
死体
そこには殺人狂の原風景が広がっていた。
生々しき死に彩られたその光景に固唾をのむ。
そのあまりの光景に言葉を失い、
遅れてやってきた、はやなる動悸が、
死の恐怖を実感させた。
汗ばむ額。
強張る体。
僕は死の訪れに敏感な草食動物のように、
物陰で怯える稚魚さながらに、
間近で見つめる死に怯えていた。
思い出せ!
思い出せ!
思い出せ!
近づく死の足音に怯え、僕は必死で記憶を辿る。
だがどうしてここにいるのか、
その経緯はおろか、
自分の名前さえ思い出せない。
ただどうしようもなく恐怖だけがそこにあった。
乾燥した肌がチリチリと痛む。
死の恐怖が残像が、胸をしめつけ、
目眩と吐き気が襲ってきた。
最初のコメントを投稿しよう!