存在証明のパラドックス

4/5
前へ
/11ページ
次へ
    死者の目。 その残像と動悸(どうき)合間(あいま)(ささや)く声が聞こえた。   ─助けて─ それは空耳かと思うほどの小さな声。   死霊の(ささや)き。 小さな人形の(よう)輪郭(りんかく)が浮かび上がる。 座席の下の影の中から()いずり出てくる、 小さなシルエット。 それは6歳前後の小さな少女の顔だった。  君は・・・ 僕はそうたずねたつもりで上手く言葉が出なかった。 『助けて・・・  』 僕は恐る恐る捕まれた足首の小さな手首を(つか)む。 とっても生きているとは思えないほどの冷たな手。 僕は思いきってその手を引き、 座席の下から少女を引っ張り出す。 そこから出てきたのは少女の残骸(ざんがい)。 上半身だけで下半身のない小さな少女(なにか)。 その狂気の残骸(ざんがい)を前に、 僕は腰を抜かし手を振り払い逃げ出しそうになる。 その瞬間、少女の絶望(ぜつぼう)に満ちた顔を見るまでは。 僕はすんでの所で心を落ち着けた。 『助けて・・・  』 再び(ささや)かれた小さな悲鳴を僕は飲み込んだ。 「大丈夫(だいじょうぶ)?」 僕は少女を抱き寄せ座席の下から引っ張り出した。 上半身だけに見えた少女の体は、 ちゃんと五体満足で(そろ)っていた。 6才前後の少女は必死で僕の腕にしがみつき、 小さく震えていた。 僕は(ふたた)び少女にたずねた。 「なにがあったの?」 『わからない』   『ママ』 そう言って必死でしがみつく温もりはとても小さく。 僕はそんな小さな子供に(おび)えていた事を()じた。 「一緒にママを探そう」 僕はそう言うと彼女を抱き上げ、 死体を見せないよう少女の小さな頭を胸に押し当てて、 陰惨(いんさん)な死の(うたげ)残滓(ざんし)(ただよ)う車両の中を、 前方に向かい進んでいった。  
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加