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狂っている
狂っている
狂っている
そしてふと我にかえり、
急いで近くにあったWCの扉を開き中に転げ込むと、
すぐに錠をかけその場に座り込んでいた。
ひんやりした扉に背をつけ思考停止した。
どれくらいそうしてただろうか。
中は薄暗く時間だけが永く流れていた。
ここはどこだ?
何が起こっている?
僕はもしかして、すでに死んでるのか?
答えの無い永劫の深淵の中で、
疑念だけが壊れたようにループしていた。
その時、唐突にどこからか声が聞こえた。
─あなたは誰?─
その声はあまりに唐突で。
空耳かと疑い辺りを見渡す。
便座の奥から再び声がした。
『ここよ』
そこには便座の影に隠れる様に膝を抱え座り込んだ、
1人の少女がいた。
幽霊かと動転しひきつった顔を、
すぐに自制心でどうにか抑え、
悟られないように取り繕う。
「君いつからそこに?」
『あなたより前から』
その答えにようやく先客がいたのだと気がつく。
「なにしてるの?」
彼女は不思議そうに僕を見つめ呟いた。
『オブザべーション』
その答えに、ここがトイレだった事を思い出す。
配慮のかけた質問を誤魔化す様に、
僕は再び彼女にたずねた。
「電気つけなくて怖くないの?」
『闇を恐れるのは恵まれた人間。
闇の住人は光を恐れる。
知ってる?
タコには9つ脳があるのよ。
それぞれの足に1つづつ。 心臓は3つ 』
その意味が解らず彼女を見つめる。
『隠れているの』
『オクトパスの目が唯一無い場所だから』
「オクトパス?」
『この深海特急の名前』
やっぱりここは深海なのか?
どうやら彼女もここに避難してきたらしい。
『君は何をしてるの?』
そう言った彼女の顔にはどこか見覚えがあった。
「多分君と同じ」
「君、どこかであった?」
『会ってない。初めて』
それでもじっと見つめる僕に、
彼女は小さく付け加えた。
『私はね』
その声にはどこか既視感があった。
近くて遠い記憶。
その彼方でその声がリフレインしていた。
─私はね─
─私はね─
─私はね─
『もういいかな』
彼女は諦めたように空を眺め、
塵芥の笑みをたたえそう呟いた。
インモラルな瞳の奥に、
それでも拭えない悲しみの色があった。
『ifもし、明日世界が滅ぶとして、
最後の日、あなたがもし、
もし美女と1日過ごして終われるとしたら、
どうする?
美女と1日過ごして終わる?
それとも最後まであがいて、
出口の解らない迷路をさ迷う?』
そう言った彼女は、
自分自身にそう問いただしてるようだった。
僕は無意識に呟いていた。
「今日は去りました。
明日はまだ来てません。
だから進みましょう」
迷走する彼女の問いに、
自然とそんな言葉が口から漏れていた。
『それは初めて聞く・・・
それが、あなたの選択? 』
「いや、誰かがそんな事を言ってたと思って」
『誰の言葉?』
「わからない」
『わからないの?』
「僕には記憶が無いんだ。
正確にはさっき、
死体だらけの車両で目覚めてからの記憶しかない」
『jane Doe』
彼女は小さくそう呟き続けた。
『 テ レ サ 』
「えっなに?」
『名前』
「えっ!? どういうこと?」
『あなたは自分の名前が分らないんでしょ。
だからつけてあげた』
・・・
「ありがとう。
でもテレサはね・・・ 」
『嫌なの?』
「嫌と言うか、ぼく男だから・・・ 」
そう言った僕の声は狭い室内に低くこもり、
響いていた。
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