第一章 少女、エスター

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「父さん!」  父が村を見張るいつもの丘も赤く染まっていた。  あの中に父さんがいる! なんてことだ。自分も行くべきだった。 「くっそう……」  後悔の念が馬上のエスターの口からほとばしる間に馬は丘に至った。エスターは赤く染まる斜面を、剣を片手に駆け上がる。その目に入ったのは……体の炎を払いながら剣を振るう父と、複数の人間の格闘だった。いや、人間の形をした人ならざるもの、「やつら」に囲まれる父の姿だった。 「遅い!」 「父さん!」 「俺はここで一戦構える、お前は村人を守れ!」  父ははっきりとした声でそうエスターに命じた。  大丈夫だ、父は強い。半死人の群れに負ける父では無い。エスターは、気を取り直して身を翻し、村の中心部に向う。  その時だった。鋭い鎌の一撃がエスターの背中を襲った。熱く鋭い痛みに、エスターはもんどり打った。声も出なかった。更に次の瞬間、倒れていく自分の体に無数の人間がのしかかり、嗤いながら押し倒すのを感じた。   崩れ落ちるエスターの意識は途切れた。ただ、強い腐臭と、けたたましい嗤い声、そして自分の名を叫ぶ父の声が遠くなる意識の中でかち合い、やがて虚無がエスターを包んだ。
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