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第一章 少女、エスター
いつからだろう、鷹が空高く旋回するのを見たとき、目をこらす癖がついたのは。
思えば産まれてこのかた、空の青がにじむのも、花が香るのも、木々が風にざわめくのも、夕日が赤く照るのも、みな回りの大人は肩をすくめこう言う。
「あれは不幸の予兆」と。
だが、そういわれても幼いエスターは自然の中を駆け回り、芝を転げ、花を摘み冠を編むのをやめられなかった。怒られもしたが、それも寧ろ心地よかった。自然の秘密を自分だけが知っている。そんな誇り高い気持ちになった。色めき息づく自然はエスターそのものだった。その年月は光り輝いていた。いつしか知っていたのだ。この世で自然がざわめくのは、ごくごく当たり前のことで、ただ、人がそれに不幸を結びつけて止まないだけだということを。
だが同時に、エスターは、なぜ人がそこまでして自然を忌み嫌い恐れるのかも分かっていた。この世に何百年と蔓延する疫病が、人の心を暗く照らし、何もかもを疑心暗鬼にさせていると。そして、そんな世ゆえ、自分と父はこの村に暮らすのを許されており、存在を認められているのだということも、エスターには物心ついた頃から理解していた。
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