忘れられない人

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「もちろん婚約は仮ですよ。偽装婚約です」 「偽装……」 煮え切らない透さんにもうひと押しとばかりに、私はテーブルに乗り出して人差し指を立てた。 「考えている筋書きはこうです。今日のお見合いで意気投合した私たちは婚約を決めますが、交際しても恋愛感情には発展せず、まるで兄妹のような関係になってしまう。透さんは徐々に姉といい雰囲気になり、私とも池畠さんとも破局。……どうですか?」 彼は返事をせず穏やかな表情のまま、ニコリともしなければ怒りも見せない。 こちらは勢いにまかせたものの、やはり怒らせたのだろうかと今さら不安な気持ちが押し寄せた。ダメかな……。 気まずくて膝に目を落として縮こまっていると、彼が微かに息を吸う音が聞こえ。 「その計画に協力すれば、俺は今すぐ、沙穂ちゃんの婚約者にしてもらえるってこと?」 私にそうつぶやいた。 え! 協力してくれるの? もう無理かもとあきらめていたところでまさかの前向きな言葉をもらえ、すぐに顔を上げた。 とても真剣な目をしている。透さんのこんな顔は見たことがない。射ぬかれそうで体が震える。 「そうです。美砂の婚約者になるまでは、私の婚約者を名乗ってもらえれば」 「わかった。この話に乗るよ」
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