鷲と琴

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鷲と琴

「あら、ワシさん。どうなさったんですか? そんなに琴を見詰めたりして……」  ある日、ハクチョウは隣のワシに問いました。いつもは見る事ができないワシの顔を、今日は見る事ができます。  しかし、ワシはハクチョウの方を見ていません。ハクチョウから見て、ワシの逆隣……そこに置かれた琴をじっと見詰めています。いつもはそれほど興味を持っているようには見えないのに、今日はどうした事でしょう? 「何でだろうな? ……うーん……今年に限った事じゃないんだけど、毎年この時期になると、何でか気になるんだよな、この琴……」  そう言って、ワシは首を少しでも伸ばして琴に触れようとします。ですが、彼も、それにハクチョウも。いつもいるその場所から、動いてはいけないという決まりがあるのです。そして、琴とワシの間には、キラキラと光る美しい乳色の川が流れています。それなので、ワシは触れたくても琴に触れる事ができません。  何故、これほどまでに琴の事が気になるのか。触れる事ができれば、何かがわかるかもしれません。それなのに、触れる事ができない。ワシはもどかしくて、思わず唸りました。すると。 「あらら、お困りのようですねぇ?」  突然甲高い声が聞こえて、ワシとハクチョウは思わず首を巡らせました。すると、川を遡るようにして、小さな鳥が飛んでくるではありませんか。飛んできたのは、黒地に白い羽を持つ鳥……カササギです。  カササギはワシの目の前で留まると、羽を忙しなく動かしながら嘴を開きます。 「ワシさんが、あの琴を気にするのも当然の事。理由は、ワシさんの羽の付け根です」 「羽の付け根?」  ワシが不思議そうに自分の羽を見ようとします。すると、カササギは頷きました。 「そうです。ワシさんはそこに、アルタイルという大きな星をお持ちですよね? そのアルタイルが、琴にはめ込まれたベガという星と会いたがっているんですよ。だからワシさんは、琴の事が気になるんです」 「何故……?」  理由がわからない、と言いたげなワシに、カササギは「えっと……」と言葉を探す様子を見せました。そして、しばらくすると、す、と東の方へと羽を指して見せます。 「東方の国では、ワシさんのアルタイルと、琴のベガにはそれぞれ、男性と女性の魂が籠っていると考えられているんです。彼らは年に一度だけ、顔を合わせる事を許されているのですが……それが丁度、今頃の時期なんです」  なるほど、とワシは頷きました。ワシを形作る星の一つであるアルタイルがベガに会いたくてそわそわしていて、だからワシも琴の事が気になるのでしょう。 「だが、ご覧の通りだ。俺はこの通り、この場所から動いてはいけない事になっているんだよ。こんな調子で、どうやってアルタイルをベガと会わせてやれば良いのか……」 「そのために、私が来たんですよ。任せてください!」  言うや、カササギは一声、大きく鳴きました。すると、先ほどカササギがやってきたのと同じ場所から、何羽ものカササギが飛んでくるではありませんか。  カササギ達は隊列を組むと、一糸乱れぬ様子であっという間に、乳色の川に渡された橋のようになりました。橋の片側は、琴のベガに。もう片側は、ワシの羽の付け根にあるアルタイルの元にかかりました。  二つの星を結ぶ橋ができた……とワシが感じた、その瞬間です。カササギの橋の、ちょうど真ん中に、一組の男女の姿が見えました。どちらも、東方の国の物と思わしき、珍しいデザインの服を着ています。ワシもハクチョウも、その様子を驚いた顔で、ずっとずっと眺めていました。  そして、ひと時の逢瀬を済ませると、男女は後ろ髪を引かれる様子を見せながら、すぅっとその姿を消してしまいました。途端に、カササギ達も隊列を崩し、いずこかへ飛び去っていきます。 「いかがでした?」  最初のカササギがワシの元へ飛んできて、嬉しそうな顔で問い掛けました。 「すっきりした。あんなにそわそわとしていたのが、嘘のようだよ」  ワシの言葉に満足そうに頷くと、カササギは一枚の紙をどこかから取り出し、ワシとハクチョウに渡します。 「今の光景をモチーフにして作られた、極東の国の歌です。もしよろしければ、お近付きのしるしにどうぞ!」  そう言うと、そのカササギもまた、どこかへ飛んでいってしまいます。それを見送ってから、ワシとハクチョウはカササギに渡された紙を見ました。  パピルスや羊皮紙とも違う材質です。ところどころ、美しく染めつけられています。  そこに、見た事のない文字がいくつか書かれていました。    鵲の 渡せる橋に 置く霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける    読めないし、当然の様に意味はわかりません。  しかし、それでもなんとなく。美しい光景が文字の向こうに見えた気がして、ワシとハクチョウは思わず微笑みました。 (了)
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