5人が本棚に入れています
本棚に追加
第三話 藪の中 ⑴
やっぱり気のせいじゃない。
私が足を止めると、背後の音も止まる。私が進むと、こちらに近付いてくる。ぬたり、のたりという、ゴム底の足音とも、水棲生物の鰭が地面を打つ音ともつかない何かが、私の後を追っている。音の判別がつかないのは、さっきから降る大粒の雨と、凸凹のある道路脇のアスファルトを歩く自分の足音のせいだった。言葉が通じる相手かどうかは分からないが、気付かれないように歩みを少しずつ早めた。
前方には小さなトンネルが見えてきた。黄色っぽい電灯が左右に一つずつしかない上、一つは切れかけなのか、時おり点滅している。周りの壁には蔦のような植物がもっさりと生えており、その葉がトンネルの入り口に深い影を作っていて、ますます闇を濃くしている。長さはほんの数メートルのようで、奥にはトンネルの外側が小さい黒い窓として見えている。トンネルの中にも一応照明があるらしく、近付くとぼんやりとオレンジ色になっているのが見えた。私はここで加速して、相手を振りきろうと思った。
じゃりっ、ざっ、じゃりっ、ざっ
はっ、はっ、はっ、はっ
トンネルの中は舗装されていなかった。自分の足音と息遣いがこだまする。息の上がりかたで、自分が思った以上に緊張し、怖がっていたことが分かる。
ひたり
右肩に冷たく濡れた、重たいものが乗った。走ったのは無駄だったのか、逆効果だったのか。私は反射的に後ろを振り向いてしまう。
「わああああああああ!」
シーツもタオルケットも、首の周りも汗でびしょびしょに濡れていた。またいつもの夢だ。毎晩、追いかけられる相手が分かる直前に、自分の叫び声で夢から覚める。もう何か月になるか分からない。
私を追いかける、夢。
枕元にあるデジタル時計の指し示す時間は2時38分。夜はまだ長い。
最初のコメントを投稿しよう!