第二話 私の記憶を消して ⑵

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第二話 私の記憶を消して ⑵

「はい、確かにあなたの奥様、竹越かえで様は、三か月前に当施設で記憶を消去しております」 「そんな……」 「記憶を消すのに、原則として家族の同意は不要ですから。私たちが処置をする際に必要なのは、ご本人の意志と、処置後に反作用が起きる可能性についての諸検査、しかるべき費用のみです」  貴史を応対したコンシェルジュ、樹は目の前の男を平板な目で見つめた。貴史は近しい人が自らの意思で記憶をーしかも自分に関わる記憶をー消したという事実を、受け止めること自体が困難な様子だったが、樹はこういう顔を見るのはもう慣れっこだった。  この施設で働くコンシェルジュには、心理士資格を持っている者が十数名いる。施術前のカウンセリングを担当する職員以外は、クライアントやクライアントの家族に積極的に介入することは許されていなかった。ただ、規則通りに応対をするにも、心理学的バックグラウンドがある方がよいというのが、職員の間に暗黙の了解としてあった。  なので、樹も貴史に言葉をかけることはしない。 「それで、今日はどのようなご用向きでいらっしゃったのでしょうか」 「は?」 「奥様が記憶をなくされたことで、実際の生活に不都合がありましたでしょうか」  目尻のあたりが赤く染まり、樹がひとつまみでも気に障ることを言えば、殴りかからないとも限らない剣呑な気を放っていた貴史は、虚をつかれて逆立たせていた毛を納めた。一旦落ち着こうと判断したらしく、氷が溶けて縁の方が透明になったアイスコーヒーをぐいっとあおった。 「特に問題は……」  樹はそうでしょう、と軽く頷いた。そう、かえでが記憶を抜いてこの施設に預けてからというもの、問題どころか、貴史にとってはいいことずくめだった。「あなたはいつもそうなんだから」「何度も言ってるわよね」というかえでの口癖は激減した。このところ丼と吸い物など、明らかに品数の減っていた夕食が充実した。そして産後から拒否され続けていた夜の生活も、かえでの方から誘われるようになっていた。 「竹越様は本日委任状をお持ちですから、実際に記憶を視聴されることも可能ですが、いかがされますか」 「いや……」  結局、貴史はなにもせずに帰っていった。樹は玄関の自動ドアが完全に閉まったのを確認して、ぽつりと言った。「ご覧になれば宜しいのに」
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