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第一話 あなたはもういない ⑴
右腕には大時代な籐で編まれた大きなバスケットのハンドルを、左腕には自家製のサングリアが入った魔法瓶をぶら下げ、私はどこまでも続く青い青い草いきれのする芝生の丘をゆっくり登っていた。重たいバスケットは容赦なく肉に食い込んで、内肘にハンドルの編み目模様の赤い圧迫跡をいくつも作っていたし、芝生の下は砂地だったので、靴の中に砂が絶えず入ってきて、足首あたりに触る葉のチクチクとした刺激と相まって私を少し苛立たせたけれど、それでもこれからのすてきな計画のためには、これくらいの不愉快はどうってこともないと思えるのだから、本当に恋とは不思議なものだと思う。
私は塗装が白く褪せ、地の金属が赤茶色に錆びた顔を覗かせている、古びたブランコの脇に荷物を置いた。一面の芝生とこの壊れたブランコと、遠くに青くかすむ山々と、広い空しかここにはない。杭とロープからなる、転落防止にはほとんど気休めでしかない柵が、さっき登ってきた坂道以外のぐるりに張り巡らされていて、南の方角からその頼りない柵の下を望むと、足下に一面の市街地が広がる。さすが、登ってきた坂が急なだけある。
かつては赤や黄色や青に色づけされ、子供の良い友人になっていたであろうブランコは、座席部分に使用禁止を示すロープが巻かれているが、それも緩んだり風雨で朽ちたりしていて、修繕や再建のサイクルから完全に締め出されているようだ。いや、ブランコだけではない。この場所自体、公園の訪問客からも、あるいは公園の管理者からも忘れされられている場所なのかもしれない。ここは手つかずで残されていたひみつの庭で、現実とおとぎ話との合間にある世界で、わたしたちはたまたまタイミングが合って、幸運にもその空間にするりと入り込めたのだ。
車を駆って海の見える道を巡ったり、街で腕を組んで歩いたり、あるいは囲われた夢の世界で音と光のシャワーを浴びるというのも悪くはなかったけれど、ここを知ってからは、それらは過剰で騒がしいことになってしまった。彼はまだその騒がしさが恋しいようなので、そういう逢瀬になることもあるけれど、音楽も娯楽もないここで、彼の息づかいを感じ、風の匂いを感じながら食事をともにし、他愛のない会話をすることは、私の心の毛皮を優しく撫でつけ、中に静かに何かを注ぐようなことになったのだった。
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