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1.美奈
「いいじゃない、ね、あともう五分だけ」
そろそろ帰ると告げる俺に美奈は口を尖らせてそう言った。
「五分経ったら経ったで、また“あともう五分”って言うんだろ?」
俺の言葉に彼女はペロリと舌を出し上目遣いにこちらを見上げる。そしてベッドに寝そべったまま子供のように足をバタバタとさせ甘ったるい声を出した。
「えー、そんなことないよぉ」
(面倒くさいな)
そう思いつつもそんな様子はおくびにも出さず軽く頭を撫でてやる。
「仕方ないだろ、休日出勤して資料作らないと間に合わないんだからさ」
「だってぇ」
「悪いけど本当に時間ないんだ。また今度な」
そう言って俺は美奈の手から逃れベッドから抜け出した。
(あーあ、本当に面倒だ。そろそろ潮時か)
俺と美奈は付き合い始めてから二年程。とは言え同時進行の女が他にも数人いるからそんなに濃い付き合いをしているわけでもない。体の相性が良かったのでなんとなくズルズルと付き合いを続けてきただけだ。だが最近になって結婚を臭わせるような発言が増えてきた。確か半年程前に中学だか高校だかの友人が結婚したと言っていたのでそれに触発されたのだろう。つくづく女ってやつは面倒だ。
――私、二十五歳までに結婚したいんだ
今年二十四歳の誕生日を迎えてからそれが美奈の口癖になった。冗談じゃない、と思う。俺はまだ二十六歳。身を固めるつもりなど毛頭ない。第一、美奈は本命ですらなかった。
(ああ、もうこんな時間だ。理沙のやつ遅刻するとうるさいからな)
今日の午後は別の女と会う約束がある。美奈の家を出て駅へと向かう道すがら、俺は今朝の美奈の台詞を思い出し苦笑した。
――早くウェディングドレス着たいなぁ
(あの顔でウェディングドレス、ねえ)
美奈はお世辞にも美人とは言えない。スタイルはよかったし顔のパーツもそれぞれは悪くないのだが残念ながら圧倒的にバランスが悪い。雰囲気美人、というのがあるがその逆の雰囲気ブス、とでもいうのだろうか。
(失敗した福笑いみたいなもんか)
そんなことを考え思わず笑いを噛み殺していると鞄の中でスマートフォンが震えた。理沙からだ。
「ごめん、今向かってる。うん、そうそう。昨日残業だったもんだから少し寝坊しちゃって。ああ、ちゃんと埋め合わせするから」
理沙は今の本命だ。大学時代ミスキャンパスに選ばれたこともある美貌の持ち主でスタイルも抜群。彼女とは付き合い始めて半月程でまだまだ会う度に新鮮な喜びがある。
(そろそろ美奈は切るかな。これ以上ズルズル引っ張っても面倒だ)
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