検死神

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そこにあったのは 白く乾ききった台地に突き刺さる十字架だった。 慈悲を与える雨も、優しく包む風も、癒しを求める生き物も、何もない。 ただの白紙のごとき大地。ただひたすらに、白が広がっている。 これだけ広いのに、窮屈に感じてしまうのはなぜだろうか。 乾いた大地を虚しく照らすのは白い太陽だ。 光を求めるものがいないにも関わらず、空に浮かんでいる。 どこもかしこも空白が広がっている。 その中心に突き刺さる十字架が、異彩を放っている。 それ以外、この世界には何もない。 彼を支えているのはこの十字架だ。 それ以外、何もない。 「たとえばね」 彼女は静かに語り始める。 「これが私のお姉ちゃんだったら、ピンクのコスモス畑の中心で手を振っているのが見えたりしてるわけなのね。 他の人も大体、心の中に何かしらあるもんなんだけど……」 「何が言いたいの」 「貴方は何もないんだよ、    。それがおかしいんだ」 彼女はそう断言した。 心が見えない。それが不思議でならないようだ。 「君のイメージとは違ってて、失望でもした?」 「違う、そういう意味じゃない」 首を横に何度も振る。 「じゃあ、私の中に何を見た」 言えるもんなら言ってみろよ。彼女と視線がぶつかり合う。 ゆっくりと呼吸をしてから、私をまっすぐに見据えた。 「ただの真っ白い原っぱ……ううん、違うな。 草も生えていない、白い荒野が見えるんだ」 「荒野ねえ……」 「もっと違う言い方をするとね、貴方の中に白いページが広がってるんだ。 でも、ただの白いページじゃなくて、もう何年も放置されていた自由帳みたいな白さなんだ。誰からも忘れ去られているような、白さ。 記憶から消え去られているような、白さ」 誰もが忘れてもおかしくないことを忘れられないでいる。 純粋な白さには程遠い、未練が残っている様な色らしい。 「その無限に広がるページの中にね、十字架が建ってる。 その十字架も、周りと同じように色あせ朽ち果てかけてる」 「十字架?」 「その十字架からはね、誰にも触れさせまいと言う決意を感じる。 だから、見ているだけで緊張するし、近づくことすらできない」 崩れかけている十字架以外、何もない世界らしい。 意外にも、的を射ている。悪くない表現だ。 「その十字架を守り抜くだけの力と決意はあるんだと思う。 けど、周りの人たちはその下に埋まっている物が気になって仕方がないみたいね」 「知りたい?」 「知らせるつもりもないんでしょ? そんなだから、友達一人できやしないのよ」 「その通り」 私は席を立った。 それがまだあるのであれば、私にとって十分だったからだ。
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