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神楽さんが案内してくれたのは、駅構内のカフェだった。
そこは、わたしが働いていたときによく通っていた店で、
………最後に、あの人と会った場所でもあった。
見知った店内に気持ちが騒ぎだすけれど、あのモニュメントのところで待ち合わせしたなら、近くにあるこの店に来るのは自然の流れかな…と、半ば諦めに近い納得はあった。
神楽さんはアイスコーヒー、わたしはホットミルクをオーダーした。
すると正面に座る神楽さんが意外そうな顔をしたので、わたしは「どうかしましたか?」と尋ねた。
「いえ、ホットミルクって、珍しいなと思って」
「そうですか?ここのホットミルク、美味しいんですよ。特別なミルクを使ってるそうで、わたしの周りでも結構ファンがいて…」
機嫌よく答えていたけれど、前の職場の同僚達の顔が浮かんできて、途端にグッ、と言葉に詰まってしまう。
けれど神楽さんは何も気が付かなかったように、「へぇ…」と返してきた。
「何度か来たことあるけど、ホットミルクが美味しいなんて全然知りませんでしたよ。あ、でも、ということは、芦原さんもここによく来てらっしゃったんですね」
とてもにこやかに訊かれて、なんだかその笑顔に、わたしの中にあった小さな黒い渦が溶かされるようだった。
「………ええ。…前の職場が近かったもので」
そう言って、わたしはホットミルクに口をつけた。
甘い香りと、まろやかな温もりで、それはわたしの気持ちを慰める。
すると、神楽さんが笑みを濃くして尋ねてきた。
「………奈良は、ご実家ですか?」
「え?ええ、そうです」
「いつ奈良に戻られたんですか?」
「最近、です……」
「こちらではどんなお仕事をされてたんですか?」
「………デザイン系の仕事です」
「へえ、すごいですね。僕はそっち系は苦手なんで、図工の授業でもよく児童達に笑われるんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。あ、それじゃ、もしかして大学はこちらの美大に?」
「ええ、まあ……」
立て続けに質問されて少々たじろぐけれど、嫌な感じはしなかった。
神楽さんの優しそうな人柄のせいだろうか。
その柔らかい話し方は、小学校の先生らしいなと思った。
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