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「神楽さんは、ずっと東京ですか?」
神楽さんの優しい雰囲気にわたしも少し気がゆるまり、質問を返した。
「出身は東京ですけど、大学の四年間だけは京都に行ったんです。だから似非関西弁なら話せますよ」
明るく答えてくれる神楽さん。
たぶん年上だと思うけど、どこか少年っぽい雰囲気もある人だなと思った。
「あの、それで……」
わたしは気を取り直して、男の子の財布をバッグから出した。
「こちらです。確認するために中を見ましたけど、お金には触ってませんから」
わたしが急に話題を変えたように見えたのか、神楽さんはちょっとびっくりした風に目を動かしたけれど、すぐにまた微笑みを見せてくれた。
「わざわざありがとうございました。確かに、受け取りました。それで、この児童の親御さんに報告しましたら、こちらを預かりまして」
神楽さんは、一通の封筒をホットミルクの前に置いた。
「…こちらは?」
「親御さんのお気持ちだそうです。本来なら今日も同席したいと仰ってましたが、なにぶん急なことでしたので、ご両親ともにご都合つかなかったんで、僕が預かってきました」
わたしは封筒を手に取り、開いた。
「拝見します」
中には、手紙と、紙幣と、さらに小さな封筒が入っていた。
「お借りした五千円と、今日の足代と、お礼の気持ちだそうです。実は親御さんも財布を落としていたことを知らされてなかったようで、お借りしたお金をお返しするのが遅くなってしまって申し訳ないと仰ってました」
紙幣はすべて新札で揃えられていた。
わたしが男の子に貸した五千円と、往復の新幹線代より少し多い額が入っていて、小さい封筒の中には全国のコンビニなどで使えるカードが入っていた。
手紙はきれいに三つ折りにされていて、縦書きで丁寧に書かれていた。
ご迷惑をおかけしました、本日は伺えなくて申し訳ありません、そんな内容だった。
「なんだか逆に気を遣わせてしまったみたいですね……」
わたしは封筒をもとに戻しながら呟いた。
「でも、財布が見つかったことを知らせたら、本人もご両親もとても喜んでましたよ?財布の中に亡くなったお祖母さまからもらった御守りが入っていたそうですから。お金はともかく、御守りが戻ってくることが嬉しいと言ってました」
あの御守りは、そういうものだったんだ。
「それはよかったです。東京までお持ちした甲斐がありました」
まだ完全にふっきれていない状態で再び東京に来ることになって、どこか構えていたところはあるけれど、やっぱり、持ってきてあげてよかった。
本気でそう思っていたのに、
次に聞こえてきた声に、途端に全身が冷えついたのだった。
「――――芦原?」
わたしの斜め後ろから降ってきたそれは、もう二度と、会うことはないと決めていた人のものだった………
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