はじめてのドライブ

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控えめな問いかけは、神楽さんの優しい雰囲気そのものだった。 「……大丈夫です。すみません、ご心配おかけして」 ニコッと、笑い顔をこしらえて答えた。 けれどその答えに満足しなかったのか、神楽さんは信号で停車すると、わたしの方を見つめてきた。 「本当に?」 眉が、心配そうに形を変えた。 その大きな目で捉えられて、わたしのぎこちない作り笑いは綻びが出はじめる。 「…大丈夫です」 さっきと同じように返したつもりだったけど、そう言った後、わたしは神楽さんから目を逸らしてしまった。 「本当に大丈夫なんです……」 目を合わせないまま、もう一度告げた。 視線を移した先には、車道の左右を街路樹が囲んでいる風景が続いていて、もう少ししたらここもイルミネーションで飾られる季節になるのだろう。 もう、わたしがその風物詩を味わうことはないのだろうけど…… そんなことを思って、またちょっと、苦くなった。 去年、あのカフェを飛び出して、この通りのイルミネーションを心が張り裂けそうな思いで眺めたのだ。 見上げた先、涙で輪郭が曖昧に溶けた光の粒達を、いまだに覚えている。 あの涙が悲し涙だったのか、悔し涙だったのか、今となっては分からない。 でも――――― 「全然大丈夫そうな顔じゃないんだけど」 隣からダイレクトに届いた声に、ハッとした。 車はまた走りはじめていたけれど、神楽さんは運転しながら助手席に視線を流してくる。 けれどわたしは何も答えられず、そしてそんなわたしに、神楽さんはクスッと笑って、また正面を向いた。 「お節介は承知です。普通は、今日会ったばかりの人間にそう易々と自分の話なんかできませんよね。でも……」 車は静かに曲がり、首都高に入っていった。 「俺、車の運転が好きなんですよね。だからドライブに付き合ってもらいたいんですけど、その間、話してもいいかなと思ったら、話してくださいね。でも………はやく話してくれないと、もしかしたらいつまでもドライブが終わらないかもしれませんけど」 いたずらっぽく笑いながら言ってきた神楽さんは、カーナビを操作して、小さなボリュームで流れていた音楽をオフにした。
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