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駅から少し歩いたところに、わたしの実家はあった。
奈良公園近くの交差点に面した土産物屋で、店の奥の一部と2階が居住スペースになっている、古い建物だ。
場所柄、昼間は観光客や修学旅行生が多いけれど、日が暮れるととたんに交通量も減って静けさが広がり、森閑とした夜が訪れる。
そんな話をすると、周りの同僚には羨ましいと返されることも多かった。
確かに、都会の賑やかさの中に暮らし、大人になった今では、その静寂の心地好さを味わうこともできるのだろうけど、当時まだ十代の若かったわたしには、その良さが単なる退屈にしか感じられなかったのだ。
まるでここから脱出するかのように東京の大学に進んだわたしは、またこの奈良で生活をはじめることに、決して小さくはない葛藤を持っていた。
そんな葛藤を心の底に隠しつつ実家までの道を歩いていると、少し先に信号が見えてくる。
対向二車線の交差点。
正式名称は、地名が付いた、なんの変哲もないものだったけれど、わたしの実家の店が目印になることもあって、店の名前から、
――――まほろば交差点――――
そう呼ばれることが多かった。
土産物まほろば………それが、実家の店の名前だ。
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