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運転席の神楽さんは、まるでわたしの気持ちがそうなるのを待っていたかのように、
「時間はたくさんあるから大丈夫。新幹線の最終に間に合わなかったら、このまま奈良までドライブすればいいだけだから。ゆっくり話してくれたらいいよ」
やっぱり紳士的に、優しくそう言ってくれた。
けれど話し方が砕けたものに変わっていて、その分、なんだか距離が縮まったような気がした。
「…そんなこと言って、明日も朝から研修があるって言ってませんでした?」
わたしが軽く言い返すと、
「その時はその時で考えるよ。俺にとって今の最重要で最優先なのは、きみのことだから」
神楽さんも笑いながら返してくる。
「これ、うちのクラスの子にもよく使ってるセリフなんだけどね」
そう付け足した神楽さんに、わたしは「小学生と同じ扱いですか?」とクスクス笑った。
笑いながらぼんやり眺めた窓の外の景色は、遮音壁のせいでビルの上部しか見えてなくて、それだけでは今どこを走っているのか分からなかった。
そんなわたしは、もしかしたらまだ、この街にそこまで深くは染まっていなかったのかもしれない。
なぜだかそう思うと、ちょっとホッとした。
「……さっきの人は、前の職場の先輩なんです」
スムーズに車を走らせる神楽さんの方は見ずに、わたしは話はじめていた。
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