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「……わたしは絵を描くのが大好きな子供で、何度も表彰されたり、学校代表に選ばれたりしていました。物心ついた頃から当たり前のように褒められていたので、調子に乗って、自分でも才能あるんじゃないかな、なんて思ったりもしてました。そんな流れで、自然と、東京の美術系の大学に進学を決めました。関西にも芸術系の大学はあったんですけど、東京の方が色々と勉強できそうだったので……。高校時代は美術予備校にも通いましたが、入試は問題なくパスできました」
そう、大学入試は驚くほど簡単にパスできたのだ。
何年も予備校に通いながら浪人する人だっていると聞いていたけど、わたしは幸運にもそこで躓くことはなかった。
でも、それが後にわたしを苦しめたのかもしれない……
「美術系の学校にはファイン系とデサイン系というのがあって……ご存知ですか?」
「なんとなく聞いた覚えはあるけど、詳しくは知らないかな」
「デサインは言葉通り、デサインを学びます。グラフィック、プロダクト、建築デザイン…実用性のある美術とよく呼ばれてます。そしてファイン系というのは純粋美術、創作を学ぶので、画家、彫刻家みたいに、商業的でない職業を目指す人間が多いんです」
わたしの説明に神楽さんは「ああ、なるほど」と納得していた。
「わたしはファイン系に進学したんですが、わたしが入った大学は全国から学生が集まるようなところで、当たり前ですが、みんなが才能を持っていました。それだけでなく、誰にも負けない、そんな自信を持っている人ばかりで、そんな人に囲まれているうちに、わたしは自分の才能に限界を感じはじめたんです。昔から ”凄い凄い” と褒められていた絵も、大学ではみんなが普通に凄かった。……だからわたしは、保険で教員免許を取ったり、ファイン系では就活に不利だと聞いてデサイン系の講義も受けてみたり、手探りで自分の進路を探していました」
あの頃は、絵を描く仕事をしたいという想いと、現実の厳しさとの間で毎日息苦しかった。
わたしは当時の息苦しさがよみがえってくるようで、フルフルと小さく頭を振った。
「……それで、あるデザイン事務所にインターンで受け入れてもらったんです。商品やアーティストのポスターやグッズをデザインする会社で、業界では中堅の事務所でした。本当は、自分の絵を描いてそれを仕事にしたかったんですけど、大きなコンクールで実績があるわけでもないわたしには難しい道でしたから、失礼な言い方ですけど、妥協して、そのデザイン事務所をノックしたんです」
「そうなんだ」
静かに、神楽さんはわたしの話を聞いてくれている。
わたしは膝の上に置いたバッグを抱きしめるように持ち直して、密かに自分を励ました。
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