はじめてのドライブ

8/12
前へ
/161ページ
次へ
「わたしの絵は相手の事務所の上の人達に気に入られたらしくて、しばらくして、先輩が事務所を辞めるという噂が流れました。わたしは先輩と顔をあわせないようにしていたんですけど、事務所の中でその噂が大きくなってくると、わたしはどんどん気持ちのコントロールできなくなっていきました。だって、先輩がわたしの絵を使って転職活動してたなんて誰にも話せなかったし、だから誰にも相談できなくて、それで……」 『…辞める?きみは確か、インターンからの推薦採用だっただろう?1年ももたずに辞めるなんて、推薦者にも迷惑がかかるんだよ?せめて夏までは続けられないかね』 退職の相談をした上司に、冷たい目でそう言われたとき、わたしは全身から体温を吸いとられたような感覚がした。 ……もしかしたら先輩は、わたしがインターンをしているときから、こうするつもりでいたのだろうか。 だとしたら、今の事務所に誘ってくれたのも、わたしのことを買ってくれたわけではなくて…… 「…先輩は、自分のためにいつか利用するつもりで、それでわたしを事務所に誘ってくれたのだと思います。先輩はデザイン系の専門学校出身で、ファイン系のわたしの作品に、自分にないものを感じたって言ってましたから」 首都高はスムーズに流れていて、神楽さんは運転を休む瞬間すらなかったけれど、意識はわたしの方に重きを置いてくれているようだった。 いちいち相槌を返すことはなくても、その気配だけで、わたしはなんとなく気持ちを整えられるような気がした。
/161ページ

最初のコメントを投稿しよう!

72人が本棚に入れています
本棚に追加