バイバイブラックマダム

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バイバイブラックマダム

 私ね、あの会社から出ていくことにしたんだよねえ。昔はみんな、会社を大きくしようとか、助け合って頑張ろうとか手を取り合って仕事してたわけよ、でもさあ、なんで人間ってあたしたちとソックリなくせに欲が深いっていうか、つまんないことにしがみつくかなあって思うことが多くて。  聞いてくれんの?嬉しい、あたし最近見えない人の方が多くて、見つけられにくいんだよね。子どもとかも小さい四角い機械みたいなのいつも持っていて、そればっかりいじってるから、物音たてても気付かれないんだぁ。よかったあ、今日久しぶりに倉庫から出てきて。アナタってなんだかいつも、心ここにあらずっていうか、ホワンホワンして生きてる感じしたから、もしかしてって賭けたんだよね。えへへ、大成功。    ねえ、アナタも悪いこと言わないからさっさといなくなった方がいいよ。  昔の話になるけれど、高度成長期とかバブルとか?難しいことはわからないけれど、当時は働いただけ比例してお給金もあったし、おかげさまみたいな精神があったから、あたしもそこそこ助けてあげてたわけ。  でもさあ、不景気って貧乏神が暴れ出して一気に崩れて、そうなると……なんだったっけ、貧すれば窮するだっけ?合ってる?間違えると後で文車妖妃がうるさいから。  話を戻すけれど、いろいろ困ったり、危なくなったりしたら、どうしても素が出る時ってあるじゃん。みんな、そんな感じになってきたんだよね。あ、わかってくれる?よかったあ、もう今日は全部語っちゃうよ。付き合ってね。よろしく。  素が出るって、もちろんいい意味な時もあるけれど、嫌な意味の方が世の中的には多かったりするでしょ。あたしが見えていた常務さんは、資料を勝手に燃やされて商談がダメになって責任負わされてクビになったし、あたしによくお菓子をくれた経理のお姉さんはババアが追い出されたくなくてわざとミスを押し付けて追い出しちゃった。  知ってる?早坂ってババア。  あいつ今いくつだっけ、まだ五十なんだ。結構若いねえ。って、あたしの時間軸で考えちゃダメだね、ごめん。ババアって言ってもあの頃まだ三十だったかなあ、お姉さんが十八ぐらいで、高校出てすぐきた感じ。いい子だったよ、妹みたいっていつも頭撫でてくれたの。  早坂って名前、アナタ心当たりあるでしょ。わかるもん、図星だって。目が泳いでるし、あとなんとなく息苦しそう。相当いろいろ押し付けられて、大変なんでしょ。ごめんね、隠してもわかるの。あたしのおじさま、山奥にいるサトリだからさ。あのねえ、考えていることがわかっちゃうお化け。猿みたいでごっついけど、いつも畑でできた野菜とか果物送ってくれるの。桃ができたから、昨日送ってくれたんだって。丸かじりすると、おいしいよ。  で、あいついまどうしてんの?早坂のやつ。  へえ、やっぱり変わんないんだ。アナタが年下で新人で、自分とは違って大卒だから気に入らないせいでいろいろ訊いてもシカトするわ、間違えたらわざとでかい声で詰るわ騒ぐわ、同期の松井といろいろ悪巧みしてアナタに押し付けて、全部被らせて、しかも大事な資料も隠して困っている顔見てクスクスヒソヒソしてるでしょ。  ごめん、泣かないで。辛かったよね、苦しかったよね。  だから屋上に来て、ここから飛び降りた方が楽かなあって、ぼんやり考えたりしてたんでしょ。  浮遊霊の姐さんたちが、まだ間に合うから説得しろって言ってきたからさ。最近居残りしてるやつも怖がってくれないから、張り合いがないんだって。  つまんないし、むかつく奴しかいないしで、いろいろかんがえてじゃあみんなで出ていこうぜって話になったのよ。  ここの近所に、神様がいないお社があるから、そこでしばらくゆっくりしようかって。もちろん、あたしもそのつもり。でもアナタはだめ、まだまだやりたいことだって、きっと出てくるから。それを奪う権利なんか、早坂にも松井にも、もちろんあたしたちにもないからさ。  一個だけ教えてあげる。  これだけ言いふらして、あとは、アナタの自由にしていいよ。    早坂と松井のふたりが、隠しているのは資料だけじゃない。新幹線、指定席券買うフリして自由席買ってる。浮いたお金、いろいろ使ってるの。  バレたらアナタになすりつけて、知らんフリするつもりみたい。  あとね、これあげる。    ユーエスなんとかって言うんだって、昔の巻物みたいなやつだって文車妖妃が言ってた。  文車妖妃ったらひまだからさあ、エツランなんとかと、コウニュウなんとかだって。  あたしは難しいのわかんないけど、会社からネットつないで買い物したとかなんとかって言ってた。アナタわかる?あ、わかった?こういうの苦手で、覚えらんないよ。  よかった、やっと笑ってくれた。  あとはどうしようと、自由だよ。もし話があったら、浮遊霊の姐さんたちと、文車妖妃と一緒にお社にいるから来てよ。いつでもいるから。  じゃあ、あたしは先に出ていくね。  座敷童が出て行ったせいで、あの会社はすっかり左前だ。まあ、私が暇にかまけて作った早坂と松井の悪巧みをまとめたデータを、あの子がうっかりSNSと社内スカイプに流してしまったおかげであいつらは大目玉、ついでに裏であれこれ指図していた元係長も裁判沙汰で奥さんも子供も出て行ったんだから、スッキリしたかもしれないわね。  拡散するついでに辞めますって伝えて、出社しないんだから彼女も遣り手だわ、座敷童が声をかけて、ついていったぐらいだからなかなかの才能があるのかも。  お社に報告しに来てくれたときも、ニコニコしていたもの。窮鼠猫を噛むとはよく言ったものだわ、あいつらは真っ青になって、押しつけ先を失ったから騒ぐ余裕もなく俯いて泣き出して、ごめんなさい許してくださいって土下座だもの。いったい、いくら使い込んだか自分でもわかっているくせに。  二十年以上も続けてたんだから、返すって言ったってどうやって返すんだか。あんなふてくされて、どんよりした顔にでっぷりした身体じゃあ、どんな岡場所でもお茶ひきしかつとまらないでしょ。姐さんがたのほうが、どれほど艶っぽいか。  すっかり夏なのに、今年は悪い奴が蔓延るせいで、姐さんがたも大変じゃありませんか。  座敷童がねえ、お礼にあの子がくれたって、諭吉が十枚。  こんなにもらっていいのかしらって言ったら、あの子は会社から口止めで一本もらったって。ああ、延べ棒じゃなくって百万円ってことですよ。そこに色をつけた退職金で、ざっとレンガ一個分かしら。元手にして、座敷童とデイトレを始めるそうよ、あのふたりなかなか良いコンビネーションみたい。  ほら姐さんがたご覧になってくださいましよ、星回りの相性がいいんですよ。  儲かったらご馳走してよって、社交辞令で申したけれど、本当になりそうですね。  とりあえず今夜はこの十万円で、馳走になりましょうよ。  ちょうどいいわ、流行りの宅配を一度やってみたかったんです。  姐さんがた、好きなものをおっしゃって下さいまし。今夜はお酒もいただきましょうよ、蒸し暑いから、麦酒がいいかもしれませんわね。  くれぐれも、宅配の方を怖がらせちゃいけませんよ?  こっちがお足を払うんですから、お疲れ様って言わないと。  ねえ、鬼火たち。あんたたちにもお裾分けするから、道を照らしておくれよね。    蚊が出てきたら、焼いて追い払ってやりなさいよ。  今夜は久しぶりに、楽しく宴を開くんだから。  
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