夜はこれからEX

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夜はこれからEX

「お預けできるほどいいもの持ってるわけじゃないし、どうぞってのも変だけど、でも幻滅されないようにがんばる気はある、から」  こんなに真摯に想われて、なお受け身でいるなんて無理だ。その一心で、つたなく主張する。 「ゆきさんて、ほんとに」  熱っぽいため息とともに抑揚のある声が鼓膜を揺らす。耳に響いてじんわりと染み込むような声使いに、背筋が震えそうになる。  ゆるゆると腕を持ち上げて、広い背中に回す。ゆるくしがみつくと、ぬくもりが応えてくれる。  とくとくと鳴る胸の音は、どちらのものか。ちょうど目の前にある肩口に(ひたい)を押し付けると、首の後ろををやんわり包まれる。耳の上側に触れる指先が耳殻をかすめ、首根っこを押し上げられるように上向かされた。  鼻先がこすれあい、かすかに息がかかる。浅く重ねられた唇は少しかさついていた。自分のはどうだろう。あらかじめ塗っておいたリップバターがちゃんと機能してくれていることを願う。  ついばむような軽いキスを繰り返しながら、長い前髪の向こうに透けて見える色の濃い虹彩を追う。こういう時は目を伏せるものだ。わかっていながらもタイミングを失っていた。  見ているということは、見られているということでもある。見つめ合いながら交わす口づけなんて、バカップルじみて恥ずかしいことこの上ない。なのにとろける思考の先では、それでもいいや、なんて結論してしまっている。  彼の背に回していたはずの腕はいつしか力を失い、身体の横に落ちていた。だらりと下がった手首を彼の手がそっとつかまえて、指先同士が絡められる。 「ふ、ぁ……」  息継ぎの際に吸い込んだ空気が火照った身体を内側から冷やしていく。言葉もなく、ただ唇だけで伝え合う感情は、胸の奥に温かなさざ波をたてた。嬉しいけれどなぜだかもどかしくて、それを発散させるためにまた口づけを結ぶ。  優しい触れ合いは、柔らかく濡れた舌で唇のあわいをたどられたことで気配を変えた。わずかに開いた隙間を逃さず、彼の舌がこちら側へと侵入する。歯の並びを確かめられる動きでそろりとなぞられた後、さらに奥へ。 「んぅっ……」  舌が軽く触れただけで、ビリ、と舌先がしびれた。同時に鼻に抜けるようなため息がもれる。恥ずかしさにいたたまれないけれど、彼はやめてくれる気はないらしく、引っ込めた舌を追って口内を探ってくる。粘膜をかき回されて、喉の奥にむず痒いような感覚が生じる。  指先がぴくりと引き攣れるように跳ね、吸い出された舌を甘噛まれて、じわっと目元が潤んだ。  ちゅ、と濡れた音を残して唇が離れる。乱れた息に肩を上下させながら彼の姿を追うと、艶めいた視線が返ってきた。 「きて」  手を引かれるまま、ふわふわと雲を踏むような足取りでリビングから続く寝室へ移動する。中央に据えられたベッドまでもう少しという時、身体をすくわれた。  彼の腕に抱き上げられたのを理解した時にはすでに、ベッドの上で彼の顔を見上げていた。鮮やかな手口に驚嘆してしまう。 「大丈夫?」  目を丸くしていると、彼が首をかしげながら頬に触れてくる。 「あ、うん……」 「この先も?」
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