Ⅱ.加賀編 「五月の花嫁」

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Ⅱ.加賀編 「五月の花嫁」

 五月五日の今日は、五月(さつき)の誕生日だ。  歳を重ねる日に、もう一つ彼女にとって大切な、めでたいイベントがある。  ついに、大月と結婚する。  二人が結婚したら、大月五月になる。  大月が初めて倉知家を訪れたとき、倉知がそう言った。面白い発見をしたと誇らしそうにする可愛い顔は、今でも容易に思い出すことができる。  結果的にあれは予言になった。  名前が多少面白いことは、五月にとってなんの障害にもならなかったらしい。  四月に入籍を済ませ、倉知家から近いアパートに部屋を借りて二人で暮らしている。  大学を卒業した大月が、車の販売店に就職したことも、本人ではなく倉知家から伝え聞いた。新社会人のうえ、結婚の準備にも忙しいのだろう。大月とは、長い間会っていない。  そのブランクのせいか、式場に到着した俺たちを迎えた大月は、興奮気味だった。 「加賀さん!」  大きく手を振ると、フロアを猛ダッシュで駆けてきた。 「二人とも、今日はありがとうございます」  ペコペコしたあとで、タキシードのポケットから何かを取り出し、両手で持ち直すと、目の前に差し出してきた。 「ここが俺の就職先っす。次の車はぜひうちで!」 「え、名刺? 今?」  習性でスムーズに受け取ってしまったが、今から挙式披露宴だというのに新郎から名刺を渡されるとは。同じく名刺を受け取った倉知が、俺のとなりで困惑している。 「早く加賀さんに俺の名刺、見て欲しくて」  大月がうきうきした口調で言った。内心呆れつつ、名刺に視線を落とす。 「カーディーラーだよな。メカニックじゃなくて、営業か」 「はい、ぜひ俺のスーツ姿を見に来てください!」  車より自分を推すのだから、相変わらずだなと思った。適当に返事をして肩を叩く。 「就職もおめでとうだけど、結婚おめでとう」 「あああーっ、はい!」  奇声を発して腰を九十度に折り曲げた大月が、感激したように急に目を潤ませ、口元を覆う。 「ありがとうございます、もう、ホント、全部加賀さんのおかげです」 「なんでだよ」  泣き顔の大月に笑いながらツッコミを入れる。  先に大月と知り合ったのは俺だが、五月と引き合わせたわけじゃない。俺とは関係のないところで二人が出会ったのだ。 「加賀さんという共通の推しがいたからこそ、きずながより一層強くなったんです。絶対に、加賀さんのおかげ……、あっ、いえ、倉知君、七世君のおかげでもあります、ええ、お姉さんとの結婚、許してくれてありがとう」  早口でまくしたて、倉知の手を握った。 「俺は何も、許すも何も……、おめでとうございます」  大月のテンションに引いているだろうに、表情には微塵も出さない。大人びた微笑みを浮かべ、握られた右手に左手を重ね合わせて頭を下げた。 「ふつつかな姉ですが、どうぞよろしくお願いいたします」 「うっ……、ああっ、弟よ!」  感極まった大月が倉知に抱きついた。倉知は見事に硬直している。助けを求める倉知が可愛くて、顔が笑う。大月は出会った頃のまま、幼くて落ち着きがない。それに比べ、倉知は本当に成長したと思う。  もう一人前の大人だが、どういうわけか、ずっと、可愛い。  大月の背中に添えられた手がぎこちない。義兄との距離感を測りかねているのが可愛いなあ、と腕を組んで見守っていると「あ、来た」と背後で六花の声がした。振り返り、思わず感嘆の声が漏れる。 「おっ、振袖?」  上品な薄紫の振袖姿だ。髪も一つにまとめていて、いつもとは化粧も雰囲気が違う。 「めっちゃ綺麗。千葉君喜びそう。来るんだよね?」 「ありがとうございます、あとで来ますよ。それより」  手持ちの小さなバッグから意気揚々とスマホを出し、いつも通りの六花になった。 「撮ってもいいですか?」  当然のように撮る流れになるのがさすがだ。目を爛々とさせ、「さあ、もっと寄って」と指示を出され、言われるままに倉知の腰に手を回す。  ロビーは受付の準備中で、ゲストはまだ誰も来ていない。六花もそれをわかっていて、欲望を剥き出しにしている。今のうちだ。式ではきっと、大人しくなる。その辺はわきまえている子だ。と思う。 「あっ、俺も、俺も加賀さんとツーショット……なんでもありません」  ビームでも出そうな六花の見開いた目に射られ、大月が逃げていく。 「ブラックスーツに白ネクタイ……、身長差といい、このお揃い感が最高に可愛い……」  ブツブツ言っていた六花が、連写の音を止めてスマホから目を上げ、呆れた顔をした。 「おじいちゃん、邪魔」  ふっふっふ、と背後で含み笑いが聞こえた。振り返ると、白髪の老人がピースサインで立っていた。 「おじいちゃん」  倉知の顔が、柔らかくなった。二人の祖父らしい。 「七世は見るたびにでかくなるなあ。そろそろ二メートルか?」  このユーモアのセンスは、父方の祖父だろうと見当がついた。彼は倉知の腕をポンポンしたまま俺を見た。 「それで、この人がお前の嫁か」 「初めまして、嫁の加賀定光です」  姿勢を正して頭を下げ、上げると目の前に顔があった。じーっと俺を観察したあとで、顔中をしわくちゃにして手を握ってきた。 「どうもどうも、いやあ、べっぴんさんだなあ」  うなる祖父に、なぜか倉知が頭を掻いて照れている。 「いや参った、見たこともないようなべっぴんだ」  べっぴんべっぴんと連呼されて、心配になってきた。倉知も六花も、不安そうだ。 「おじいちゃん、言ったと思うけど、加賀さん男だってわかってるよね?」  倉知が恐る恐る訊ねると、祖父の体が固まった。 「何ぃ? 男だと?」  わなわなと震えて口元を押さえ、ププーと音を漏らして体を左右に揺らした。 「知ってますけど?」 「なんかむかつく」  六花が拳を握り締めている。 「じゃあじじいは外で煙草を吸ってくるので、みなさんまたあとで」  唐突に会話が終了した。ジャケットのふところに手を突っ込みながら、背中を丸めて去って行く。なんというか、飄々とした人だ。 「おじいさん、すごく普通だね」  背中を見送って素直な感想を口にすると、倉知と六花が「えっ」と声を揃えた。 「あ、違う、男同士なのに反応が薄いっていうか、普通に接してくれるんだなって」  前知識として、孫が同性と付き合っていると聞かされていたとしても、あの年代の男性が偏見を見せないのは珍しい。 「お父さんのほうのおじいさんだよね」 「正解です。それより気になってたんですけど」  六花が倉知の手首を取った。 「加賀さんも七世も、指輪外してるのは、あえて?」  倉知が「あ!」とロビーに響き渡る大声を発した。 「忘れた」  絶望的な表情で、俺の顔を見てからもう一度言った。 「忘れた……、加賀さん、どうしよう」 「別にいいんじゃない? いる?」 「だって、ペアリングしてなかったら、女の人が加賀さんに群がって大変なことに」 「結婚式だからね。新郎新婦しか見ないよ、みんな」  宥める俺に続いて、六花が「大丈夫」と加勢した。 「五月、女友達亜矢ちゃんしかいないし。会社の人もほぼ男だよ。席次表見てないの?」 「取りに帰る時間あるかな」  六花の言葉が耳に届いていない。倉知が腕時計を見て真顔で言った。本気なのだとわかると、胸がむず痒くなる。 「Zのキーください。取りに戻ります」 「はは、そのこだわりと熱意が大好き」  ジャケットのポケットに手を突っ込んで動きを止める。倉知の顔をじっと上目遣いで見上げ、笑ってみせた。 「可愛い。え、なんでにこっとしてるんですか? キーは?」  倉知は手のひらを差し出してじれったそうにしている。 「なんか必死なのが可愛くて。はい」  ポケットから取り出したリングケースを、倉知の手のひらに置いた。 「え……、あっ、あれっ、えっ、これ」 「ごめん、忘れてるなと思ったから、念のため持ってきてた」  出席者は身内だけじゃない。周囲の目に配慮して、着けない選択をしたのかとも考えた。それが正しい。  でも倉知なら、絶対に着けたがる。  忘れたままならそれもよし。指輪の存在を思い出して取り乱すようなら渡してやるかとポケットに忍ばせておいたのだ。  泣き顔の倉知が二つの指輪をケースから取り出して、片割れをはめると、俺の左手を持ち上げた。ゆっくりと、丁寧に薬指にはめ込むと、切ない表情で俺を見て、優しく抱きすくめてきた。 「エンダアアアアアアアアイアアアア……」  六花が、押し殺した声で歌い出した。抱擁シーンのバックミュージックのようで、居心地が悪い。俺たちは無言で体を離して距離を取ったが、六花がまだ歌っていて、気まずい。 「おーい、お前ら、やっぱり来てたのかよ」  モーニング姿の倉知の父が靴音を響かせ、ロビーを歩いてくる。ナイスタイミングだ。 「おはようございます。本日はおめでとうございます」  軽く会釈すると、倉知の父が照れくさそうに「いえいえいえ……えっへっへ」と頭を下げる。 「親族の控室にみんな集合してるから、お前らもこっち来いよ」 「さっきおじいちゃんに会ったよ。煙草吸いに行くって」  倉知が、祖父が出ていったドアを振り返って言った。 「じいさん、なんか言ってた? セクハラされなかった?」 「いえ、やたらべっぴんって言われましたけど」  あー、と倉知の父が小さく仰け反った。 「あの人正直者だから、許してね」 「気にしてません、逆に安心しました。お父さん、ありがとうございます」  前もって親戚に打ち明け、おそらくじっくりと時間をかけて、俺と倉知のために居心地が悪くないように、尽力してくれたのだと想像している。この人は、そういう人だ。 「ん? うん。あ、これ見て」  倉知の父がスマホを見せてくる。倉知と一緒に画面を覗き込んだ。 「さっき完成した花嫁」  純白のウエディングドレスを身にまとった、五月だ。レースをふんだんに使った、華やかな印象のドレスだった。ティアラもネックレスもイヤリングも、すべて大振りのもので意外だ。五月は普段、ボーイッシュだが、出会った当初は着飾っていた。こういうスタイルも元々嫌いではないのだろう。 「これとか、五月じゃないみたいだよな。どこの姫だよって」  父が写真をスライドして次々見せてくる。顔がデレデレになっている。いつも五月とは喧嘩ばかりだが、娘への愛がだだ漏れになっている父が、可愛い。 「あっ、もう、やっぱり、二人とも来てた」  今度は黒留袖の倉知の母が、ハンカチを振り回しながらこっちに来る。 「六花もお父さんも戻ってこないから、きっとあれだって、ゾンビが……なんだっけ?」  久しぶりの倉知の母があまりにも倉知の母だ。急に何を言い出したのか、わけがわからない。 「まさかと思うけど、ミイラ取りがミイラになるって言いたかった?」  六花が笑いを堪えた顔で訊くと、母がポン、と手を打った。 「ミイラだった」  みんなが笑った。一番大笑いしているのは、倉知の母本人だ。 「六花、お前なんでわかるんだよ。どんな特殊能力だよ」 「自分でも怖いから」  笑いながら父と六花がお互いを叩き合っている。倉知はしゃがみ込み、顔を覆って声もなく肩を震わせている。自分自身が天然のくせに、母のやらかしがいつもツボにはまるのだ。  笑いすぎて涙が出た。目の端を拭う。  俺はやはり、倉知家が大好きだった。腹の底から笑うことができる。  彼らはあっさりと俺を受け入れたが、親戚だからといって価値観が同じのはずもなく、必ず理解を得られるとは限らない。  でも、父方も母方も、どちらの家族も、柔軟に俺を歓迎してくれた。冷たい視線も覚悟していたが、誰一人、嫌な顔をしない。  両家の親族紹介にもなぜか同席したが、誰も怪訝な顔をしなかった。倉知の父は「新婦の弟の大切な人です」とさらっと俺を紹介し、大月側の親族はざわつきもせず、見事なポーカーフェイスだった。  もしかすると大月が、親族中に俺のことをよいしょして回ったり、何か根回しのたぐいの裏工作をしたのかもしれない。あいつなら、やりかねない。  とにかく俺は、自分が倉知家の人間として、違和感なく溶け込んでいることに驚いていた。立ち位置としては、完全に倉知の嫁だ。  七世が選んだ人だから、間違いない。  親戚はみんな、そんなような意味合いのことを口にした。  つまり倉知がやたらと信頼されているのだ。  いい子だもんな、と倉知の横顔を見る。  バージンロードを歩く姉を見つめる目は、涙ぐんでいた。  粛々と式が執り行われる間、倉知は歯を食いしばり、懸命に、泣くのを堪えていた。 「別に、泣けばいいのに」  式が終わって、チャペルから出てくる新郎新婦を迎えながら、倉知の体を肘で突いた。 「えっ、なんで……、見てたんですか?」 「うん、ごめん、見ちゃうんだよ」  鳴り響く鐘の音と、飛び交う祝福の声。ハート型に切り抜かれた紙吹雪が舞う中を、新郎新婦が歩いてくる。 「おめでとう」  紙吹雪のシャワーを浴びせて手を叩くと、二人が「加賀さん!」と声を揃えて一斉に飛びついてきた。嘘だろ、と内心で悲鳴を上げながら、加賀さん加賀さんとやかましい二人を抱きとめる。二人が俺に抱きついていたのは、体感で一分はあったが、きっとほんの数秒間だっただろう。 「どさくさに紛れて」  ぼそ、と倉知がつぶやいたのが聞こえた。怒っているふうではなく、やれやれという感じだった。 「今日なら何しても許されると思ってる節がありますよね」 「うん、まあ、おめでたい席だしな。あ、倉知君、ブーケトスするみたい」  五月がブーケを振り回して、「男も女も、欲しい人集まれ!」と叫んでいる。 「取った人が次結婚できるっていうやつですよね。それ、女の人がやるやつじゃ……」  ブーケを狙って群がっているのは、大半が男だった。さっき六花も言っていたが、今日のゲストに未婚の若い女が少ないのだ。親族の数人と、五月の友人の亜矢もその一人だろうが、参加するつもりはないらしく、遠巻きに眺めて微笑んでいる。 「華麗なスクリーンアウト見せてこいよ、リバウンド王」 「俺、絶対取りますよ、いいのかな」 「いいよ。ほら、千葉君もいる」  念入りに屈伸運動をしている千葉の後姿を見つけて、指を差す。六花は参加しないようだ。スマホを構え、ニヤニヤと、期待した目でこっちを見ている。 「もう結婚してるつもりですけど、とりあえず行ってきます」 「おう、取ってこい」  倉知が元気に駆けていく。  いとこたちに、「お前は卑怯」「チート」と怒られている倉知を笑って見ていると、肩に手が載った。 「定光」 「親父。ハルさんも。おはよ」 「おっす。私、写真撮ってくるね」  彼女は五月から撮影係を任命されている。着飾っているのに首から二種類のカメラをぶら下げて、機材も背負って気合十分だ。 「美しい花嫁だ」  父が言った。 「はは、本人に言ってやって。喜ぶから」 「政宗の結婚式も、こんなふうだったか?」 「どうだったかな」 「いまだに、欠席したのが心苦しい」 「政宗はもう気にしてないよ」  五月の放り投げたブーケが、大きく弧を描く。わっ、と喝采が上がる。両手を伸ばして右往左往する人々の中で、倉知は落ち着いて軌道を読み、落下点に移動すると、まさにバスケのスクリーンアウトの要領で腰を低くして敵を食い止め、難なくキャッチした。  賞賛の拍手を浴びながら、得意満面でブーケを高々と掲げ、俺を見る。 「見て、あの得意そうな顔。めっちゃ可愛い」 「異論はない。それにしても、楽しい式だ」  父の、楽しいという評価は、わりと的確だった。  披露宴も、堅苦しさの一切ない、笑いに包まれた気楽なパーティになった。父の目から見るとカジュアルというか、砕けて見えるだろう。  お姫様抱っこの入場から始まり、控えめに流れるBGMがなぜかゲーム音楽で、司会進行を新郎新婦が受け持ち、マイクを離さない。テーブル一つ一つを回り、二人一緒にゲストと絡んで雑談している姿が印象的だった。  これが彼らのやりたい披露宴のスタイルなのだろう。自由でいい、と思った。  友人たちによる余興がひと段落つき、五月がお色直しで会場から姿を消すと、大月が俺のテーブルに駆け寄ってきた。 「加賀さん、ちょっと相談が」  傍らに膝をつき、ヒソヒソ声で大月が言った。 「うわ、なんか来た」  コーヒーカップをソーサーに戻し、「何?」と促した。 「覚えてます? 以前、俺たちの結婚式で、歌ってくれるって約束しましたよね」 「そうだったね」  トリプルデートでカラオケに行ったときに、約束したのは覚えている。どちらからも催促されないので、忘れているのかどうでもよくなったのだろうと思っていた。 「負担になりたくなくて言い出せなかったんですけど、あの、この中でいけそうなのないすかね?」 「今から歌えって? すげえな、めっちゃ急だな」  大月に見せられたリストは、見事に結婚式の定番ソングばかりだ。 「てんとう虫のサンバがないけど」 「いやあ、そういういにしえの歌はちょっと」  俺たちの会話が聞こえていたらしい倉知が、いにしえ、と吹き出した。 「つーか、いきなり歌えって言われるほうが負担だからな?」  二人ともいつもはずけずけと図々しいのに、なぜ肝心なときに遠慮深くなるのか。 「そ、そうっすよねえ」  しょんぼりする大月の手元のメモを倉知が覗き込み、人差し指をトン、と置いた。 「五月が一番喜ぶのはこれですね」 「好きなの? 安室ちゃん」 「と、思います」 「あー、キー合うかな」  コーヒーを飲み干して、ネクタイを緩めると、んんっと咳払いをする。 「えっ、あっ、歌ってくれるんすか?」  大月が床に両膝をついて俺を見上げ、拝む格好で言った。 「約束したもんな」  ここで拒否する理由は何もない。  深紅のドレスにお色直しをして再登場した五月に、サプライズという形での演出になった。そのせいか、イントロから五月が号泣を始め、つられて大月も声を上げて慟哭する。  なんだこれ、と笑ってしまいそう、というか、ほとんど笑いながら歌ったが、終わってみるとなぜかスタンディングオベーションで賞賛された。  おそらく新郎新婦が泣いているからだ。結婚式での感動は、人々に伝染する。もし、歌ったのがてんとう虫のサンバだったとしても、同じような結果だっただろう。  鳴り止まない拍手の中、ゲストに向かって一礼する。 「はは。二人とも、すげえ顔」  マイクを大月に手渡して、肩をすくめた。 「か、が、さぁん、うえぇ、カッコイイぃ、ありがとぉ」  泣きじゃくる五月と、興奮して手を叩き続ける大月に、「お幸せに」と言い置いて席に戻る。 「加賀さんは、歌手だったの? サインください」  倉知の母が呆然として言った。 「いえいえ、普通の人です」 「よし、今度カラオケ連れてこ」  ずっと酌をして回っていた倉知の父が、料理を掻っ込みながら(ひと)()ちる。 「やばい、永久保存版」  六花はスマホを胸に抱いて、目を閉じている。 「加賀さんには本当に、勝てる気がしません」  千葉はなぜか悔しそうだ。 「いい曲だな」  ワインを傾ける父の科白に、連続するシャッター音が重なった。カメラのレンズが銃口のごとく、まっすぐ俺に向けられている。 「ハルさん、撮りすぎ」  歌っている間、望遠レンズを使って撮られていたことは、わかっている。 「だって、みっちゃんが歌うとこ初めて見たし、面白くってさ。すんごい撮っちゃった」 「その写真、一枚残らず俺にください」  倉知が真剣な顔で言った。目が、赤い。 「倉知君、貰い泣き?」  頬に濡れた涙の痕を見つけ、親指で拭う。 「う、バレた」  恥ずかしそうにはにかむ倉知が可愛い。急にムラムラしてきた。唐突な情欲を持て余していると、大月が「さて、宴もたけなわですが!」と締めの挨拶を始めた。  披露宴のフィナーレは、両親に宛てた感謝の手紙を朗読するのが恒例だが、始まる様子がない。その代わりに、新郎新婦の手で、招待客と親族、家族、全員に手紙が配られた。  あとで聞いた話だが、両親宛の手紙を人前では読めない、絶対に無理だ、やりたくないと、五月がかたくなに拒んだらしい。 「加賀さんの、なんて書いてありました?」 「五月ちゃんからは怪文書だね。見る?」  数えきれない「好き」の文字が、便せん二枚にびっしりと書き連ねてあった。大月からの手紙は、俺との出会いを振り返った作文だ。目が滑る。家に帰ってから読もう。  ゲストが帰っていき、撤収作業の始まる会場の隅で一人、手紙を広げ、泣いている倉知の父を見た。  娘が父に贈った感謝の言葉は、疑いようもなく、温かく、愛に溢れているだろう。
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