お父さんみたいだった

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お父さんみたいだった

 私の言葉に、佐原も節子も目を丸くしていた。  ただの奇怪な噂が、私の言葉によって一気に身近なものになったせいだろう。  興奮したように頬を上気させた佐原が身を乗り出した。 「ちょ、ちょっと春子ちゃん。それは本当かい? それは詳しく聞きたいなあ! 是非教えて欲しいよ」 「ちょいと、薫ちゃん! あんた、身の程を弁えなさいよ。この子は仲間が拐われたのよ? つまり被害者でもあるの。面白半分の野次馬根性でズケズケ聞くもんじゃあないよ」  甲高い叱責と共に、節子は佐原の頭をペシンと叩いた。ハンチング帽のずれを直しながら、彼は私と節子に「すみません……」と子供のように謝った。  節子が嗜めてくれて良かった。私自身、ただの好奇心だけで根掘り葉掘り聞かれるのは、良い気分ではない。  私にとって、久恵と栄太と幸治は妹分と弟分みたいなもんだった。陳腐な言葉だが、いなくなって初めて分かる存在の重さを、今になって嫌というほど感じている。  あの三人に、私は生きていて欲しい……。  そんな私の思いを、面白おかしく暇潰しにもならない記事にされたくない。  佐原は私の気持ちを理解しているのだろうか。見たところ、彼は繊細そうには見えない。 「気を悪くしないでね。確かに僕は“赤い外套の男”を追っている。仕事のためだけど、真実を知りたいという気持ちがあるんだ。拐われた子たちがどこにいるのか、どうなったかを知りたい……いや、やめよう。君にこんなことを言っても、何の気休めにもならないね」 「いいよ。私は気にしない。あんたが何を知りたくて調べてようが、私には関係ないんだ。私が知りたいのは単純なことだ。久恵と栄太と幸治がどこにいるのか……それだけだ。あんたは理由は違えど私と同じく“赤い外套の男”を追っている……今はそれだけでいい」  佐原は苦笑いを浮かべて「そうか」と呟き、湯呑みに入った薄い茶を啜った。  腹が満たされた私は、“赤い外套の男”について私が知っていることをすべて語った。  とは言っても、大して鮮度の良い情報ではない。  あの日、私が雑踏の中で男を見つけ、三人がいなくなったこと。  これまでの浮浪児失踪の前後に、“赤い外套の男”が目撃されていること。  いなくなっているのは、知っている限り浮浪児ばかりということ。  佐原も節子も、私の話しを黙って聞いていた。相槌すらしなかったが、その方が話しの腰を折られず話しやすい。  区切りがついて一息つくと、節子は煙草を灰皿に押し付けた。 「驚いたわね。そんなすぐに、三人もの子供がいなくなっちまうなんて……普通は抵抗でもしそうよね」 「節子さんなら叫ぶなり何なりするでしょう。僕でもします。でもそれは、ある程度満たされて、警戒心のある大人だからできることだと思いますよ」 「あら、子供だからできなかったと言うの?」 「久恵ちゃんたちも、他の拐われた子たちも“ただの”子供じゃありません。浮浪児です。明日餓えて死ぬかも知れない子たちなんですよ。食事や衣服を誘い文句にしたら、ついて行っちゃう子もいるも思うんです。見ず知らずの大人相手でも」  佐原の言葉はもっともだ。現に私は、見ず知らずの大人であるこの二人と席を共にしている。残飯ばかり漁っている私のようなガキにとって、食い物を恵んでくれる大人は仏様みたいなもんだ。  食欲という人間の原始的な欲望に餓えている時、警戒心なんてものは何の意味もなさない。 「ねえ、春子ちゃん。その“赤い外套の男”の顔とか見てないかな?」 「はっきりとは……すれ違っただけだし」 「僕より若い? それともおじさんだった?」 「そんなことまで分からねえよ。ただ……」  ほんの一瞬の記憶の糸を手繰り寄せる。私が覚えているのは、印象しかない。 「なんだか、歩き方が……お父さんみたいだった」 「お父さんだあ? あんた、もうちょっとマシな手掛かりはないのかい? 歩き方がお父さんみたいだなんて、抽象的すぎるだろう。いくら薫ちゃんでも、そんなんじゃ記事に出来やしないよ」 「うるせえな。そのくらいしか覚えてねえんだよ」  私の言葉を手帳に書きながら、佐原はそれを見つめて小さく唸っていた。 「まあ、おじさんって歩き方が若者とは違うからねえ。春子ちゃんのお父さんくらいと言うと……少なくとも四十代以上になるのかな。お父さんみたいかあ……」 「私だって、よく覚えてないんだよ」 「お父さん……お父さん……え? と、父さん!?」 「だから、あくまでも印象の話しだっつうの」  佐原が素頓狂な声を上げながら、飯屋の入り口へと顔を向けた。私は呆れたように言ったが、彼の視線は私を見ていない。その視線の先へと顔をやると、入り口には紺色の背広姿の男と、灰色の背広のがたいの良い男が立っていた。
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