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繋がる謎
「探したぞ、薫。お前はガキの頃からちょこまかしてんな」
どうやら顔見知りらしい。二人は私たちの方へと歩を進め、空いた椅子を引き寄せて佐原のすぐそばに座った。
灰色の背広の男は、何やらビラのようなものを畳んでポケットにしまっている。恐らく駅前で怪しい宗教連中が配っていたものを貰ってしまったのだろう。
「なんで僕のところに来るんだよ」
「お前の職場に行ったら、佐原は上野で取材中と言われたからな」
「ちょっと待ってよ……僕の職場に行ったの? クビになったらどうすんだよ!」
「刑事とは言ってねえから安心しろ。佐原薫の父親です、としか言ってねえ。嘘じゃあねえだろ?」
刑事が何故こいつに絡んでるんだ……父さんだって?ということは、佐原は刑事の息子だったのか。
私にとって驚くべきことだったが、私以上に衝撃を受けたのは節子だった。
「け、刑事だって!? 冗談じゃあないわ、薫ちゃん! あたしをサツに売り渡すつもり?」
「違います! 違いますよ、節子さん」
「ふん! あたしがパンパン娘だからってそういう扱いすんのかい。可愛いツラしてよく言うよ。もう薫ちゃんには協力してやんないからね! 春子とか言ったね、あんたもサツに捕まりたくなきゃ、さっさと帰んな」
「あぁ! 節子さあん、待ってくださいよう!」
情けない佐原の声を無視し、節子は飯屋を出て行ってしまった。パンパンも浮浪児も、警察に取り締まられる対象だ。逃げたくなる気持ちもよく分かるが、私は佐原から離れられないでいた。
“赤い外套の男”について知るには、こいつと一緒にいた方が都合が良いと思ったからだ。
二人の刑事は節子の背を一瞥し、すぐ佐原へと視線を戻した。
「楊紅英が死んで、もう次の女作ったのか。俺の息子にしては切り替えが早えな」
「そんなんじゃあない。勘違いしないでよ。節子さんには取材に協力してもらってただけ。で、何の用だよ。僕に構ってないで少しは捜査したら?」
佐原の父親らしき刑事が苦笑いを浮かべながら、煙草に火をつけた。
「まあ、俺も暇潰しにここに来たわけじゃあねえ。先日、楊紅英の祖父と婚約者に会って来た」
何の話しをしているのか私には分からなかったが、何かの事件の話しをしているのは理解できた。灰色の背広の男はちらちらとこちらを見て、私の存在を気にしている様子だったが、敢えて口を挟むことはしない。
「薫、お前は楊紅英の婚約者に会ったことあるか?」
「ないよ。紅英さんの身内で会ったことあるのは、紅英さんのおばあちゃんとお父さんくらいだし」
「父親には会ったことあるのか。俺は未だに会えないな……。そういや、婚約者はお前のことを知っていたぞ。随分と嫌われてるな」
その言葉に、佐原の表情はサッと蒼くなった。刑事たちはそれを見逃さなかっただろう。
しかし、このまま私の存在を無視され続けるのも癪だった。
「おい。今はそんなことより“赤い外套の男”について話してんだ。刑事だかなんだか知らねえけど、黙ってろよ」
「なんだ? このガキ。浮浪児か」
灰色の背広の男が私を睨み付けるが、佐原の父親は表情を変えない。闇市の喧騒も私の存在もどうでも良いと言わんばかりに、煙草を美味そうに吸っていた。
「赤い外套の男……あぁ、仕事中か。子供だったお前も働くようになったか。ガキの頃は、お父さんと同じ警察官になりたいなんて言ってたくせによ」
「や、やめろよ! 子供の頃のことだろ」
「微笑ましいところ悪いけどよ、私を無視してんじゃあねえよ。てめぇら警察が何もしないから、上野の浮浪児がどんどん拐われてんだろうが」
「……浮浪児の行方不明か」
佐原の父親が、ぽつりと呟いた。灰皿に煙草の灰を指で落とし、もう一人の男に視線を投げた。それだけで何を指示されたか分かったのか、男は灰色の背広の内ポケットから一枚の似顔絵を取り出した。
「これは楊紅英の腹に詰め込まれていた子供の顔だ。解体されていたが、頭はちゃんと残っていたから似顔絵にした。楊紅英の遺族にも見せたが、彼女に関わりのある子供はいなかった」
机に広げられた似顔絵に、私は釘付けになっていた。
間違いなくそれは、私のよく知る栄太の顔だったのだ。
佐原と刑事は何かを喋っていたが、私の耳には入らない。どくり、どくり……と心臓に送られる血脈の律動が、大きく感じた。
「……栄太だ」
「え? 春子ちゃん、どうしたの?」
「これ、栄太だ……このほくろ、間違いない。この顔も、私は知っている。栄太だよ。“赤い外套の男”に連れて行かれた栄太だ! 久恵と幸治と一緒に、拐われちまったんだよ!」
表情らしいものを見せなかった佐原の父親が、驚いたように目を見開いていた。
そして、似顔絵を取り出した男もまた取り乱していた。
「待て、おい。今、久恵と言ったか? お前は久恵を知っているのか! 安達久恵だ。そいつは俺の姪っこだよ!」
「私は久恵の名字なんて知らねえよ。でも、私の知ってる久恵は一人だけだ。そいつも栄太と幸治と一緒にいなくなっちまって、探してるんだよ」
この若そうな刑事が久恵の身内だなんて、おかしな偶然もあるもんだ。しかしこの形相から見ると、嘘ではないだろう。私の胸ぐらを掴み、何かを吐かせようと躍起になる男の面を睨み返し、こちらも胸ぐらを掴んだ。
「やめろ、安達。嬢ちゃんもやめるんだ。ちったあ落ち着け。まず座れ、他の客に迷惑だ」
佐原の父親が大きくはないが力強い声で一喝し、私たちは胸ぐらから手を離した。
短くなった煙草を灰皿に捨て、彼は新しい煙草に火をつける。
「嬢ちゃん。この坊主を知ってるようだな。この子はおじさんたちが追っている殺人事件の被害者だ。少し協力してくれ。飯と服と寝床を用意しよう。熱い風呂も付けてやる。薫、お前もまずは“赤い外套の男”について話せ。それなら俺にも話せるだろう?」
私と佐原は、互いに知っていることを刑事たちに話した。
栄太が死んだ……。それなら、久恵と幸治はどうしているのだろう。
私の胸には不安ばかりが渦巻いていた。
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