-流星群-

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 執事長とハンナに見送られ、レナルドと2人切りで用意された馬車に乗り込んだ。進行方向に向かって左端に座ると、対角線上にレナルドがドカッと身を沈めた。腰の辺りでガシャッと金属音がして、剣を携帯していることが分かった。  およそ3年前に母様が亡くなって以来、僅かな使用人と共に移り住んだ別荘が遠くなる。王家(ゆかり)のエッケルト公爵家の所有地は、王都を離れた南方の僻地にあり、深い森に囲まれている。 「坊ちゃん。もし、憲兵に遭遇した時は、あんたは『リーツ伯爵のラウラ様』だ。いいな?」  女装に偽名、人目を避けた真夜中の移動。子どもでも、これが異常事態だと分かる。 「レナルド。何が起こってるんですか? あの星の群れは――」 「エルメンドルフ王が危篤だ」 「えっ」  我が国アイスフェルトは、大陸北部の小国だった。約40年前に現王が即位すると、周辺の蛮族を駆逐して領土を拡大し、森林を切り拓いて耕作地を増やし、鉱脈を探し出して資源開発に成功を収めた。王の治世の間に経済力、軍事力共に爆発的に発展し、今や大国にも比類する強国となった。  しかし、国を率いてきた偉大なる王も老いた――。 「王が病に伏せた途端、ヨハネス王子派が一気に動き出した。まぁ、前からクーデターの噂はあったがな」  北へ向かう星々は、クーデターに伴う犠牲者か。 「だけど、王位継承者はご嫡男のアーネスト王太子と決まっているでしょう」  なかなか御子に恵まれなかった王に世継ぎが生まれたのは遅く、2人の王子はいずれも側室の子どもで、兄弟は同じ年に誕生した。 「腹違いってのは、こういう時、面倒なもんさ」  フィ、と視線を窓の外に投げると、つまらなさそうに吐き出した。 「それで……どうして、父は僕を西へ……あんな辺境の地に送るんです? しかも、こんな姿で」 「さぁね。俺は下っ端なんでな。詳しいことは知らん。指示に従うだけだ」  レナルドは、言うべきことは話したと言わんばかりに、姿勢を崩すと腕を組んで瞳を閉じた。 「あああっ!!」  突然、車外から御者の驚声が響いた。瞬時に身を起こすと、レナルドは御者台に繋がる小窓を開けた。 「おい、どうした?」 「空を……あんな……大きな星が……」  御者の震える声が、蹄の音の合間から聞こえてきた。 「なにぃ……」  小窓に齧りつくように張り付いていたレナルドは、徐に振り返った。真剣な眼差しに、身体がビクリと震える。 「ルイス、こっちに来い!」  腕を引かれて、彼の隣に並んだ。小窓に顔をくっつけると、御者の背中越しにが広がっていた。  煌々と燃えるような白い光の筋が、星空を真っ二つに切り裂いていく。光の正体は、玲瓏たる巨星で、東からゆっくりと北へ向かって尾を引いている。  エルメンドルフ王が、亡くなったのだ。
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