夏祭り

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 バンドのベース兼ボーカルを担当している心陽の指は、他の女の子のソレと比べるとちょっとゴツい。  骨張っているし、華奢だとはお世辞にも言えん。  そしてそれを心陽は恥ずかしく思っているようだが、ステージ上を元気いっぱい飛び跳ね、駆け回りながらベースを掻き鳴らすその手が俺は、彼女の体を構成するパーツの中で一番好きやったりする。  俺が惚れたんもコイツが、心の底から楽しそうに歌い、弾く姿を見た時やったし。  でもこれは彼女すらも知らない、俺だけの秘密。 「先輩、金魚すくいがあるよ!  勝負しよ!」  俺の手を振りほどき、またしてもカランコロンと下駄を鳴らして、勢い良く駆け出す心陽。  くるりとこちらを向き、めちゃくちゃワクワクした様子で笑って手招きするその表情は、悪戯っ子そのもの。  突如熱を失った左手は少しだけ寂しい気もするけれど、いかにも彼女らしい提案に、つい吹き出した。 「ええよ、しよか。  ......負けへんで?」  彼女の挑戦を受けて立つ事にし、俺もニヤリと口角をあげた。 ***  勝敗は、一瞬でついた。  俺がダイナミックに水中にポイを投入した瞬間、薄い紙の上に水が集まり、あっさり破けてしまったのだ。 「......先輩、意外と不器用だよね」  まだ破れていないポイを手に、浴衣の袖を捲り上げ、本気モードで金魚を掬いながらクスクスと笑う心陽。   「ちゃうねんて、ちょっと今日は調子が悪かっただけやねん。  普段やったら俺、心陽の倍は捕っとるっちゅうねん!」  年甲斐もなくブー垂れ顔で、空っぽのままの銀色のボウルを手に、(うそぶ)いた。  彼女のポイが完全に破れると、金魚屋のおっちゃんが、チープでカラフルな紐付きのビニール袋に水と金魚を入れて心陽に手渡した。  小さなその世界の中で、六匹の真っ赤な金魚と、一匹のでっかい真っ黒な出目金が泳ぐ。 「......なんか、賭けとけば良かった」  勝ち誇ったような顔で、にんまりと笑う心陽。  その表情に、またドキッとさせられた。  時折見せるオトナっぽい仕草も好きやけど、やっぱり俺はこういう、子供みたいな心陽の事も好きらしい。  だから今はまだ、お前のペースに合わしといたるわ。  だってそうせんと、きっと心陽は俺の側から、逃げ出してまうしな?  だから心陽は、慌ててオトナになんかならんでええよ。   「は?そんなん俺、本気出してまうで?  心陽に花持たしたった、だけやし」 「先輩って割と負けず嫌いだし、可愛いところあるよね。  そういうの、嫌いじゃないけど」  大きく口を開け、俺の隣であははと豪快に笑う心陽。  可愛い、やと?  ......心陽、さすがにそれはちょっと調子に乗り過ぎや。 「......嫌いじゃ、ない?  ちゃんと好きって言ってくれても、ええんやで?」  クスリと笑い、俺は他の人達から完全に死角になる、絶妙な位置と角度で。  ......彼女の顔に手を伸ばし、頬に軽く口付けた。  まるでこの行動を予想していなかったのか、相当驚いた様子で大きく見開かれた瞳。  あまりにも可愛いその顔を見て我慢出来なくなり、クククと肩を揺らして笑うと心陽は、俺の事をジトリと睨み付けたんやけど。  ......この時の彼女の顔は、ビニール袋の中でスイスイ楽しげに泳ぐ金魚にも負けへんくらい、真っ赤やったと思う。 【...fin】
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