シャンディ・ガフの憂鬱 ~銀狼はカウンターで爪を噛む~

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 繁華街から一本入った裏路地の、雑居ビルの地下一階に人目を忍ぶように(たたず)むBar『Coffin』。夜空に真ん丸と太った月が煌々と輝くその夜、滅多に客の訪れないこの店に珍客が訪れた。 「驚いた……まだやってたのか、この店」  アンティーク調の扉を開けるなりその男は呟く。先の尖ったモノトーンの蛇柄靴に、ダメージ加工の強い黒のGパン、無地の黒い半袖Tシャツにごつい銀のネックレスが映えている。肌は浅黒く、髪は染めているのか天然なのか綺麗な銀色のソフトモヒカンという、およそこの店の客としては似つかわしくない風貌の彼は、狭い店内をきょろきょろと見回しながら一歩、また一歩と歩みを進めた。それはまるで、遠い記憶のこの店と間違い探しでもしているかのように。  いつものように開店準備をしていたマスターは、その端正な顔立ちを彼の方へ向けると、糸目を大きく見開き、鮮血のような色の瞳を一際輝かせた。 「おや、君は……銀次君?」 「そのダサい名前で呼ぶなよ。今は“シルバ”って呼ばれてんだ」  シルバと名乗る男は、後頭部を掻きながら口の端を緩ませて、出入り口に一番近いカウンター席へと座った。「し、シルバ……ですか」と言葉を詰まらせながらも、マスターは彼の前にコルクのコースターを置く。 「しょうがないだろ? 今はナイトクラブでDJやってんだ。“銀次”じゃカッコつかないだろ」 「そういうことでしたか。それにしても元気そうで何より。何年ぶりかな? 君が勝手にここを出てから」 「悪かったよ、あの時は。30年は経ったんじゃないか?」 「そんなに経ちましたか……君が恩を(あだ)で返してから」 「だから悪かったって! (ゆる)してくれよ。これからはこの店に金落とすからさ」  「しょうがないですね、全く」とマスターは口の端で笑う。シルバこと銀次は、30年前にこの店先でマスターに拾われていた。  その頃の銀次はまだ中高生のような見た目で、いつから着たままなのかわからないボロボロのTシャツと、半ズボンに裸足姿で裏路地に倒れていた。何日間食べていなかったのか、彼の身体はとても衰弱しており、彼を見つけたマスターはとりあえず店内へと運び、水と食料を存分に与えた。それから二ヶ月の間だけ彼は、このCoffinで居候をしている。 「でも本当、心配したんですよ。それだけはわかってください」 「わかってるよ。あんたは昔から全く変わってないからな……」 「見た目のことですか? まぁこれは…種族的にしょうがないというか……」 (外見的なことだけじゃねーんだけど)
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