カウントダウン20

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カウントダウン20

7月19日(日) ♪カランコロンカラン 重い扉を開けると来客を告げる音がした。目の前には鬱蒼と生える木々。長い蔓をどけながら店の奥へと入って行く。 「いらっしゃい......!?」 マスターが思わずコーヒーカップを落としそうになるのを見て、僕は思わず笑ってしまった。 「やあ、お久しぶりです。全然変わってませんね」 「ちょっと、ちょっと、ちょっと。お久しぶりなんてモンじゃ無いよ」 透明袋に入ったオシボリをペシッと投げつけられて、僕はまた笑った。 「マスター、全然歳取らないんだね。ジイ様もバイトレンジャー達も変わって無いの?」 「ああ、オレ達は作品の中で生きているからね。作品の中でしか時間は経過しないんだ。そう言うキミは随分太ったな。昔はヒョロヒョロだったのに」 「そりゃ18年も経てば見た目も変わりますって。頭のテッペンは禿げて来たし、白髪もチラホラ生えるようになりましたよ」 ここは喫茶店「ゆるゆる」。作者が18年前に初めて長編作品を書いた時に舞台だった場所だ。主人公は僕(=作者)。マスターが変人で「ジャングル」が店のコンセプトだったから、木が沢山生えていて昼間でも薄暗かった。畑で野菜を作るなど自然に拘りながら鳥の鳴き声はスピーカーで流す、まあとにかく変な店だった。 「アフリカからの留学生」と言う設定で働いていたバイト君がいたが、照明の熱でファンデーションが落ちて自肌が見えてしまい、慌てて「楽屋」に駆け込んだのが懐かしい。 この『喫茶ゆるゆる』では「楽屋」があって、登場人物達がストーリーへの不満や作者の悪口を好き勝手に言うのがお約束になっていた。ちなみにバイトレンジャーと言うロクデナシの戦隊ヒーロー達もレギュラーだったが、作者の悪口を言い過ぎて、盗聴していた作者によって2名の「中の人」が作品途中にクビになった。 「ジイ様のグミってまだあるの?」 「いやー、あれはすぐに処分したよ。収録したのが夏で、暑くてグチャグチャに溶けたからさ」 マスターが苦笑いする。作品の中でジイ様の銅像を作ろうと言う話が持ち上がった。ところが銅像だと予算オーバーになってしまう事が解り、結局緑色のグミで作ったのだった。作者以外誰も読んだ事が無い幻の作品、それが『喫茶ゆるゆる』だった。 「久しぶりに現れたと思ったら、随分な悩み事を抱えているようで」 相変わらずマスターの観察力は鋭かった。僕は18年前と同じくカウンターの右から3番目の席に座ると 「ブラジル棚干し、ドゥミタッセで」と注文した。 網棚に乗せてじっくりと天日で乾燥させるのが棚干し。それを通常の2倍の粉で濃く入れるドゥミタッセが僕のお気に入りのコーヒーだ。マスターがカップにお湯を注ぐのを眺めながら、僕はポツリと呟いた。 「もうすぐ、富士山が噴火するんだ」 「ああ、やっぱりか」 マスターは特別驚く様子も無く答えた。(続く)
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