エリコ

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エリコ

「いやぁ、来てくれるとは思わなかった」 多少はしゃいで言うと、アキコは薄く微笑んだ。 「まぁ地元だしね」 ――こういうクールな物言い、今夜あたしが崩すんだから。 密かにそう心に誓い、拳を固める。 この場所を口に出した途端、彼女の顔色が一瞬だけ変わったのを見逃さなかった。 【F県O市の一家惨殺事件】その見出しの通り、ここで殺人事件が起こったのは十二年前。 田んぼに囲まれた家に、男が忍び込んだのは午後5時時だった。 被害者はこの家の主人の年配男性と息子夫婦、そして幼い子供の四人。 その犯人は既に捕まっている。 確か近所に住んでいた、親族だかの男性。でもあたしの関心事は『そこ』じゃない。 「確か、アキコの出身ってこの辺りだよね? なんか妙なウワサとか知らない?」 だって地元民に、直接話が聞けるってなかなかないでしょ。 オカルトマニアとしては、是非とも話だけじゃなくて同行してもらいたかったワケよ。 「妙な噂って」 「惨劇の現場よ。以前から『出る』んだって。ここ」 もちろん、出るのはネズミとかゴキブリとかじゃない。いや、そういうのも出るでしょうけど。 そうじゃなくて『幽霊』のこと。 話によると、無惨に殺された人達が今でもその時の姿で苦しげな呻きを上げて現れるって話よ。 「あぁ、そうね。確かに殺人事件はあったわ」 「やっぱり!」 地元の人から聞くと、やっぱり信ぴょう性というかリアリティ? それが背筋をゾクゾクさせてくれる。 「ひどい事件だったみたい。おじいさんと若夫婦と赤ちゃん……あと、犬がね」 「へぇ」 犬は知らなかった。 さすがだ。こういう細かい情報もグッとくる。 「白い犬が。首なしで赤く染まった雄犬が遠吠えしてるの」 「おぉ」 雰囲気あるじゃん。でも犬は別にいいかな。 やっぱり幽霊は人型に限るっつーか。その方が怖いじゃないの。 「でも実際行ったことないよ。私、すぐに引っ越しちゃったから」 「あ、そうなんだ」 じゃあもう、これ以上情報は望めないかもしれない。 多少ガッカリしたが、それならそれで楽しみはある。 「さ、行こう」 まだここは町の入口。 そこから北に行けば、住宅地を少し外れた場所にその家(心霊スポット)はあるはず。 「ほんとに行くなんて。わざわざ(こんな時間)に」 「あれ、アキコ怖くなっちゃった?」 そう水をむければ、ムッとした声で『それはそっちでしょ』ときたもんだ。 「ほんと、バカじゃないの。オカルトマニアって」 「言ってくれるわねぇ」 ――その余裕ぶった顔、ギトギトの恐怖面に変えてあげるわ。 そう心で呟いて、あたしは薄闇に包まれた住宅地を歩いた。
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