エリコ

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※※※ 次に足を踏み入れたのは、庭に面していて縁側のある和室だった。 奥には床の間と書院。 畳は痛みまくって、ボロボロだったが。 「!!!」 部屋の中央に、何かある。 恐る恐る近づいてみた。 「エリコやめなよっ」 後ろでアキコが悲鳴に近い声をあげている。 完全にビビってしまったらしい。あたしは彼女から見えないように笑った。 ……日本人形だった。 しかもズタズタに引き裂かれた。血まみれのそれ。 「うわぁ。こわーい」 声をあげる。だってねぇ、雰囲気はバッチリじゃん。 やはり後ろでヒュッと息をのむような音は彼女だ。 完全に怖がっている。 そして――。 「い、犬の鳴き声が、する、んだけど」 「え?」 アキコがそう呟いた。 聞こえない。聞こえるわけない。 そう否定する前に、彼女が言葉をかぶせる。 「ほら、遠吠え……それに、赤ちゃんの、泣き声」 「アキコ?」 恐怖でどうかなってしまったのだろうか。嗚咽混じりになった彼女を、振り返った。 「ほら。聞こえる……叫び声……男? 女……おじい、さん? 」 「アキコ、ちょっと、待って、え?」 「エリコには聞こえないの? こっちくる、くるの……声が……何かを……引きずる……音が」 「アキコ、何言ってんの? えぇ? いやいや」 当然、本気にしない。 だって聞こえるわけないじゃないの。犬の遠吠えや人の声なんて。 ――そんな凝った演出、出来るわけない。 「ちょっとぉ、しっかりしてよね」 「……」 「アキコ?」 「……」 「もうアキコってば」 すっかり床にぐすぐずに崩れ落ちてしまった彼女を、抱き起こそうとする。 懐中電灯を放り出してしまったのだろう。私の持つ、スマホの明かりのみが頼りなく光る。 その時だった。 「キャァッ!!!」 どこかで、けたたましい音に悲鳴をあげてしまった。 何かが落ちて割れる音。 反響する、ここじゃない、さっきの部屋だろうか。 一気に早まった鼓動を抑えるために、あたしは必死で言葉をしぼりだした。 「な、なんだろ、今の」 「……きたよ」 「え?」 「きた……みんな……きた……こっちへ」 悪ふざけでしょ、とか冗談キツイよ、とか。そんな事を言おうと彼女の顔をスマホで照らす。 「!!!」 白い顔。 ぽかりと空いた、口。 目から流れる、赤い……血? 「あぁぁぁぁぁあッ!」 「エリコ……目が……痛い゙……」 感情が、爆発した。 白飛びした中で滴る血が、血が、血が、顔を、汚す。 見れば、服も、床も、血まみれだ。 全部。あたしも。 「ひ、ひぃぃっ」 彼女を突き飛ばし、後ずさる。 毛羽立った畳の欠片が、手や足につつきチクチクと痛む。それでも逃げなきゃ、逃げないと、まずい。 「痛い゙よ゙、苦゙、ぃぃ……ぃ、助゙け、てよぉ」 「っ、な、な、なにっ、なんなのよぉぉっ!」 まだ心のどこかで信じてた。 これは嘘だ。冗談だ。 あたしはこのタチの悪い友達に、かつがれているんだって。 「ア゙あ゙ァ゙あ゙ぁ゙ァァアア゙ぅ゙ゥ゙ぁ゙ァ゙」 獣じみた、いいやそれは化け物だった。 目は血走って、長い髪はバサリと被さって。 ずるりずるりと蛇のように床を這いずっていく。 ――なんで。なんでなんでなんでなんで。 こんなのあたしじゃない。 あたしはこんな事、してない! 気がつけば、遠くで犬の遠吠えが、聞こえた。
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