比率

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比率

電車、洋服、家。 今では、狭い、小さいと騒ぐことはない。 僕たちが変わればいいのだ。 縦、横の比率を。 『比率調整許可制度』が2040年に制定された。2034年に開発された比率剤を、国民全員に注射する制度だ。 これにより、日本国民は全員、自らの体型の比率を好きなように変えられる。 通学に利用する満員電車。……いや、もう満員ではない。どんなに人が多くても。鉄道会社が天井の高い電車を運行させているのだ。 今日も駅員の声が響く。 「乗客の皆さんは、乗車前に8:2になってください! あ、お客さま! 8:2ですよ、2:8ではないです!」 僕は人よりも背を高くしたいから、9:1にした。 「ぐはっ!」 電車に乗り込もうとしたら、顔をドアの上にぶつけた。 ……8:2って、天井ギリギリの寸法だったのか。僕は額をさすりながら、8:2に体型を調整した。揺れる電車のなかで、僕はため息をつく。 「ああ。学校、行きたくないなあ……」 今日は、『調整前データ記録日』昔はこう呼ばれていた。 『身体測定』 体型の縦横を調整できるとわかった国民はどうなったか。 横幅を気にしなくなったのだ。 皆、肥満体型になったが、縦横を調整してごまかしていた。 しかし、健康状態は騙せない。 そこで、定期的にデータ記録が行われる。いちじるしく横幅を増やしてしまった者には罰が与えられる。 『一定期間、元の比率で過ごすこと』 まずい。僕の前回の比率は、7:3だった。 昨日、調整しない自分を鏡で見たら、3:7……あきらかに横が太い。 どうにかして、体型を調整したまま計測する方法はないものか……。 ――― 「ねえ。本当にあなたはその比率なの?」 「そうですよ! あははは。縦が伸びたけど、それ以上に横が増えたんです!」 記録会場の体育館。僕は6:4で記録担当の保険医の前に立った。保険医は椅子に座りながら、メガネを押し上げた。 横幅が増えた分、総量も増す。あまり縦長になると怪しまれると考えて、『ちょっと背が伸びて、多めに体重が増えたから、比率が変わった生徒』を演じることにした。 「先生……前から、あなたのことを疑っていたの」 「え!?」 「二時間目の授業で早弁して、お昼には購買のパンをみっつ食べてサイダー一気飲み。帰りはコンビニで揚げ物を買って食べる……こんな食生活で太らない方がおかしいわ!」 「ははは、食べ盛りなんですよ……」 「……てっきり、私の理想に近づいたと……」 「え?」 保険医は咳払いした。 「まあ、この注射でわかることだからいいわ。比率解除剤。これを打てば、あなたは本来の体型に戻るのよ!」 「ま、待って……先生……!」 「おとなしくしなさい、えいっ!」 ブスッと僕の腕に注射針が刺された。途端、僕の背はどんどん縮み……横幅は果てしなく広がった。生徒たちが驚き、叫ぶなか、保険医は頬を染めて絶叫した。 「ほら! やっぱり! ああ、かわいい!! 見事なぷくぷく体型!」 ――― 僕には罰が与えられた。 次のデータ記録日、半年後まで、3:7で過ごさなくてはならない。しかし、あまりにも横が大きいため教室の椅子に座れなくなった。……僕は保健室で、ベッドに座って授業を受けている。 保険医と僕。一対一の……。 「はい! 今日のおやつは、チョコレートプリンバケツサイズよ!」 「先生、僕を痩せさせる気まったくないでしょ!?」 今日も一対一のお食事タイムだ。 「ねえ、そんなに言うなら……ありのままの私を見せてあげる」 やけに色っぽい声を出すなあと思ったら、保険医は縦にぐんぐん伸びて横はしゅるしゅると細くなっていく。 保健室の天井に届いたかと思うと、腰を曲げて言った。 「先生ね……すごく細くて、身長がとても高いの……いくら食べても太らないの……あなたみたいに太りたい……だから、いっしょに食べましょう?」 「は、はい……」 保険医の背が縮む。 僕と同じ3:7になると、向かいのベッドに座りスプーンを持った。ふたりのあいだには、テーブルからはみだしそうな大きさのチョコレートプリンがある。 「いただきます!」 「……いただきます。先生。太らないって幸せですよ?」 「そう? 私は食べた分だけ大きくなりたいわ。私、いつも不味そうに食べているって言われているから……」 僕はスプーンを置いた。 「そんな! 先生の料理がこんなにおいしいのに!? おいしい料理が作れるんだから、おいしく食べているはずなのに……」 ……あ、しまった。保険医は、瞳をうるませている。 「ありがとう。もう、性格まで私の理想なんだから!!」 「いやいやいや、そう返されても困る! 僕は痩せなきゃ!」 「私はありのままのあなたが好きなのよ! だから、縦横、ごまかさないで」 「……それなら、先生もありのままで暮らせるんですか」 「……わかったわ!」 「マジで?」 ――― これが、僕たちの馴れ初め。 『世界一、縦横の比率がちがうありのままの夫婦』が誕生したきっかけの出来事だ。 結婚した今では、僕は少しでも長く妻といたいから横を減らそうと必死になっている。 【終】
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