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0章
ビルの隙間から見える空は、切取られたみたいに細い。
そこにちっちゃく尖った、月。
明かりのない路地裏を照らしているのは、そんな頼りない光だけだった。
男は、仄暗い場所に無造作に足を踏み入れる。
暗がりに、傷だらけになった白い女の足だけが見えた。
「……来ないで」
怯えきった声が響く。
男は構わなかった。
近づくと、女は後退りする。
「……来ないで。私は、化け物なの」
押し殺した声で、女は訴える。
「ちがうよ」
「ちがわないわ。皆、私がいると気味が悪いって言う。私が化け物だからよ……」
「ちがうよ」
「私が化け物だから、お父さんもお母さんも……!」
「ちがうよ」
男は辛抱強く、繰り返した。
「君はちょっと病気に罹っただけだ」
「――病気?」
「俺は治してやることは出来ないけど、せめて少しでも苦しくないところへ、連れて行ってあげる」
「……助けてくれるの」
「うん」
「どうして?」
男は掌を上にして、女に向かって差し出した。
女は、しばらくじっとその手を見詰めて震えている。
けれどやがて、おずおずと自分の手を男の手に重ねた。
男はその手を引いて、一歩、女を月明かりの下へと導く。
光のある方へ。
「たぶん」
と、男は言った。
「たぶん、これは罪滅ぼしやねん――」
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