一章

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一章

「その病はね、人をいつのまにか蝕んで世界中に広まっていくの。  そして人間そのものを作り変えてしまうんですよ」  コンビニに氷を買いに行った僕は、ショーケースの前で突然、話しかけられた。 「……は?」  訳がわからなくて見つめ返す。  と、その人――三十代くらいの女性は目が合うと、機械が反応するみたいににっこり笑った。 「でも大丈夫。  わたくしたちの教祖である大師さまのお話を聞いておけば、あなたも救われます」  ……なんだ、宗教の勧誘か。  最近多いみたいだな。そう思って、僕は当たり障りのない笑顔を返す。 「すみません、僕の家、クリスチャンなんです」  適当な答えをして、僕はその場を離れた。 そのまま会計を済ませて、外に出る。  買ったものを車に積み込んで発車する。 駐車場を出ると、幹線道路はけっこうな混み具合だった。  脇道に逸れ、ゆるやかに登る山越えの道に向かい始めると、途端は交通量は減る。  五月晴れの空は、深く青い色をしていた。  雲ひとつない清々しい春の空。  それはワケもなく人をうきうきとした気分にさせてくれる。  山の中腹にある私道らしき脇道にはいり、今は朽ちた合宿所跡に車を向かわせる。  駐車スペースに停車させ、荷おろしを始めた。 「ねえ、この荷物はどこに置いておけばいいの?」  作業をしていると、声をかけられる。  ストレートの長い黒髪が妙に印象的な女の子が、こちらへ持ち上げたクーラーボックスを示すようにしていた。 「テントのところでいいんじゃないかな。それ飲み物のボックスでしょう?  運び終わったら、食事の準備はじめようか」  言うと彼女は頷いて、細身の身体に似合わない動作で、ひょいと重そうなボックスを持ち上げる。  慌てて追いかけ代わりに持とうとすると、いいわよと笑われた。 「私より、真理子ちゃんの方を手伝ってあげてよ。あの子、力なさそうだし」  自己紹介のとき、高校時代は陸上部でした、とはきはきと言った彼女は、加倉井茜さんという。  示された方を見ると、テントの設営をしている三人の姿が見えた。
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