君が幸せであるように

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   社会人になって三年目の春。  仕事にも少しずつ自信がついてきたところで、僕は彼女に永遠の愛を約束した。  ちょっとだけ奮発した婚約指輪を、彼女は嬉しそうに()めて笑ってくれた。  幼い頃から変わらない、無邪気な笑み。  この笑顔がずっと続くようにと――彼女がいつまでも幸せであるようにと、僕が願うのはただそれだけだった。  けれど、挙式を間近に迎えたある日の夜。 「危ない!」  歩道を歩いていた僕らのもとへ、一台の車が突っ込んできた。  居眠り運転だった。  なす術もなくブロック塀の前に追い詰められた僕は、咄嗟(とっさ)に隣に立つ彼女の身体を突き飛ばした。  結果、車は僕の身体だけを巻き込んで、まっすぐにブロック塀へと突っ込んだ。 「翔太くん!」  一瞬のことで、痛みはほとんどなかった。  けれど朦朧(もうろう)とした意識の中で、おそらく自分はもう駄目だろうと悟った。  全身の感覚がない。  周りの音も急激に遠ざかって、静寂の中、かすかに彼女の僕を呼ぶ声だけが聞こえる。  ただ、仰向けに倒れ込んだ僕の目に映った光景は、まるでこの世のものとは思えないほどに美しかった。  どこまでも深い藍色の空に、途方もない数の星が(またた)いている。  そんな視界の中心に、僕の最も愛する人の泣き顔があった。 「翔太くん。お願い、しっかりして……!」  ぼろぼろと涙を零す彼女の後ろで、オレンジ色の光が一つ、夜空を横切った。 (流れ星だ……)  一つ、二つと、流れ星はその数を増していく。  そういえば今夜は流星群が見えるのだと、今朝のニュースで言っていたんだっけ。  最近は仕事が忙しくて、なかなか星をゆっくり見る機会なんてなかった。  僕は静かに目を閉じて、かつてあの丘で見た流星群と、子どもの頃の彼女の笑顔を思い出した。  ――翔太くんが、ずーっとしあわせでいられますように!  そう言って照れたように笑った彼女の姿は、今でも変わらない、僕の一番の宝物だった。  だから。 (……美月が、いつまでも幸せでいられますように)  どうか。  どうか、彼女の笑顔が絶えませんように。  たとえ僕がいなくなっても、どうかまた、良い縁談に恵まれますように。  あの日からずっと変わらない、僕のたった一つの願い。  やがて抗えない睡魔の波にさらわれた僕は、彼女の腕の中で静かに意識を手放した。  
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