「ーーー気がつかなかったのか、自分が笑っていた事にも」

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図書館の電灯に花を透かし、眺めていると、どうしたのかと蛍が尋ねてくる。 「すみません、何もないですよ。さ、帰りましょう」 何もないと笑って蛍を宥めすかし、2人並んで帰路に着く。 左手に包まれる紫色のそれが気になるのかチラチラとこちらに視線をよこしてくる蛍に微笑み口を開いた。 「紫色の菖蒲の花言葉を知っていますか?」 「花言葉…?」 「信頼、知恵、希望、いい知らせ、なんてのもありますね。この場合は、いい知らせがあるということでしょうか。……これ、私の好きな花なんです」 蛍を見上げると、優しげに目を細め、こちらをみる姿が映った。 「…素敵な花なんですねー」 その言葉に、自然と笑みが深まる。 あぁ、素敵な花なんだよ。 とても強くて、優しくて、暖かい。 あいつの家の花なんだ。 見上げた夜空は、手の中の花弁とよく似た色で。 憂鬱だった帰省が、少しだけ楽しみなものになっていた。
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