「ーーー気がつかなかったのか、自分が笑っていた事にも」

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ーーーーーーー 「清い心で見極めなさい」 遠くで鹿威しの音が聞こえる。 澄んだ空気は肺いっぱいに広がり、ゆっくりと呼吸を繰り返すうちに体に馴染んでいく。 「己の行く先は、己で選び勝ち取りなさい」 「受けた恩は、返さねばならない。お前達の代で途切れさせてはならない」 後方からうわ言のように、擦り込むように、淡々と重い声がする。 「分かっているな、尊」 ゆっくりと目を開ける。 振り向かずともわかる声の主の問いに、沸き起こる感情は無い。 「はい、お爺様」 ただただ無機質に、機械的に同じ言葉を繰り返せばいい。 「ならば良い」 広い道場の入り口から遠ざかる足音が聞こえた。 音が無くなったことを確認し、もう一度瞳を閉じる。 次にこの目を開くときには、きっと世界は色付いていると信じて。 「あと2年」
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