「ーーー気がつかなかったのか、自分が笑っていた事にも」

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♢ 「尊様、おかえりなさいませ」 「えぇ、ただいま帰りました」 長い長い車の移動が終わり、俺は荘厳たる雰囲気の日本家屋の前に立っていた。 和服のよく似合う老齢の執事に付き添われ、幾ばくかぶりの実家へと足を踏み入れる。 「…お爺様と父様はどちらに」 「はい、お二人とも離れのお部屋にいらっしゃいますよ」 「そう…」 ゆっくりと長く長く続く廊下を歩く。 右手に見える日本庭園を眺め、角を左に。 本邸の一番日当たりがいい部屋。 そこが俺の部屋だった。 襖をゆっくりと開く。 冬にここを出たときと変わっていない。 掃除は定期的にされているようで、埃は溜まっていないが、何ヶ月も人が滞在しなかった部屋はやけに寒く感じられた。 「……はぁ」 無意識にため息を一つ。 ゆっくりと箪笥の前に立ち、ここでの普段着を取り出す。 足袋を履き、着物と武者袴。帯を締め、髪を結い直す。 姿見に映る自分は、学園で浮かべていた笑顔の面影も何もない、人形のような顔だった。
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