「ーーー気がつかなかったのか、自分が笑っていた事にも」

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小さな頃から歩きなれた屋敷内。 その中でも何度も何度も出入りしていたのが父の部屋だった。 目を瞑ってでもたどり着くその部屋には、暖かな空気が漂う。 「父様、尊です」 「入っておいで」 穏やかな声、穏やかな空気。 陽だまりを体現したような人。 それが俺が抱く父の印象だった。 ゆっくりと中へと足を進める。 こちらを見る優しげな目元に、自らの目元も緩むのがわかった。 「只今帰りました」 向かい合うように座布団に腰掛け告げる。 「よく帰ったね、おかえり」 その一言で、先程の凍てついた心が溶かされるようで。 緩く笑った俺を見て、仕方がなさそうに父さんも笑う姿にまた笑みが漏れる。 「お祖父様に、何言われたんだい?」 形式的な挨拶が終わり、少し姿勢を崩した父さんに習い、こちらも気を抜いた。 「いつものことだよ。緋扇のあり方について」 毎度毎度確認するように同じ話をされる。 分かっていると告げたこともあったが、分かっていないと押し通されるのだ。 心底面倒くさい。
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