「ーーー気がつかなかったのか、自分が笑っていた事にも」

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そのまま、攫って行った櫛で俺の髪を雪が梳くのを黙って受け入れた。 毛先から徐々に上へ。 絡まらないように丁寧に。 いつの間にか覚えてきていた梳かし方に、どんどん手慣れてきてるなこいつ。と内心複雑になる。 「楽しいかよ?」 「…あぁ」 「そう」 無言で、しかし軽やかな手つきであっという間に梳きおわった雪は、手櫛で確認するように撫でる。 主人が従者の面倒見てどうするんだ、ったく。 横目で見上げたその顔には満足の二文字が浮かんでいた。 その顔をされると何も言えなくなるし、少しでも長く眺められるよう従ってしまう。 結局、俺はこいつにめっぽう弱い。 「雪、5月って言っても夜は冷えるんだ。早く休め」 立ち上がりくるりと振り返る。 差し伸べた手に、当たり前のように重ねられる手。 伝わる体温にゆるりと笑みを浮かべ、静かに告げる。 「おやすみ雪兎。良い夢を」
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