「ーーー気がつかなかったのか、自分が笑っていた事にも」

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従者の朝は早い。 主人が起きる前には朝食を用意し、着替えと白湯を片手に起こしに行く。 「雪兎様、失礼いたします」 襖の外から声をかけ、ゆっくりと開く。 部屋に入り目的の方角を見やると、我が主人は静かに眠っていた。 「雪、起きて」 布団の傍に膝をつく。 普段の顔よりは少しだけ幼さを宿した寝顔に笑みが漏れた。 そして、何度か小さく揺すり、寄せられた眉と薄く開いた目を覗き込む。 「雪、朝ご飯できてるぞ。おきろ」 灰色の瞳に映る自分の顔はどこまでも甘く溶けていて。 主人に甘すぎると少し反省。 「みこと」 「おはよう」 白湯を渡し、窓を開ける。 心地よい風が吹き込んで部屋を満たすのを確認して振り向いた。 「さて、雪兎様?残りの休み期間、あなたの願いは、この緋扇が叶えましょう。さあ、何なりと」 お前の 望みはーーー まるで芝居のように、恭しく礼をとる。 少々お茶目が過ぎたその仕草に、嫌そうに顔を歪めた雪の姿に満足して、クスクスと笑いながら歩み寄った。
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