「ーーー気がつかなかったのか、自分が笑っていた事にも」

33/55
前へ
/183ページ
次へ
「……ん」 ぼんやりと外を眺めていると、準備が整った雪が隣に並ぶ。 仕立ての良い紺の着物を着たその姿に、皆の視線が集まるのを感じた。 当の本人は集まる視線を気にもせずに、外を眺めている。 相変わらず何もしていないのに存在感がある男だ。 「では、行きましょうか」 「あぁ」 数歩歩いて振り返る。 使用人たちは両端に並び、皆揃って礼を取っていた。 『いってらっしゃいませ。雪兎様、尊様』 雪が先に挨拶するのを待って、俺も口を開く。 「行ってまいります」 同じタイミングで歩き出した俺たちの後ろ姿を見て、また不穏な悲鳴が上がる。 ……うちの使用人、大丈夫だろうか。 「どうした、尊」 相変わらずの仏頂面で見下ろしてくる雪の顔を見る。 先程の会話も気がついていただろうに、気にも止めない様子である。 「…いいえ、なにも。行きましょう」 紺色の着物の裾を緩く引き、歩みを少しだけ早める。 雪も抵抗しないまま、ゆったりと2人歩を進めた。
/183ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1284人が本棚に入れています
本棚に追加