「ーーー気がつかなかったのか、自分が笑っていた事にも」

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そうしてしばらく歩いた先。 わいわいと賑やかな声が聞こえてくる。 見上げる先には大きな鳥居。 その向こうに見えるのは、通路を開けるようにして両端に所狭しと並ぶ屋台。 奥に行くと長い長い階段。 「久しぶりだな。ここにくるのは」 「そうですね。最後に来たのは、中等部の頃に挨拶に来た以来でしょうか」 和服の男子2人ということもあり注目が集まる中を、小さく会話しながら突き進む。 長い長い階段を息を乱さず登りきり、広がる先の景色を映し微笑んだ。 「変わらずここの藤は美しいですね」 空の青を覆い尽くす濃淡の入り混じる紫。 風で揺れ動く花弁。 藤棚から垂れ下がる藤は、広い敷地内を覆い尽くさんばかりに広がり、まるで世界から切り離されたような感覚に陥る。 「……見事だな」 溢すように呟いた言葉に小さな返答。 ちらりと隣を見上げると、目の前の景色から視線を逸らさぬまま目元を緩める姿が映った。 いつもこうしていればいいのに。 そんなことを思いつつ、近寄りやすくなった雪兎に集まる有象無象を見て、きっと寂しさを感じてしまうのだろう。
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