「ーーー気がつかなかったのか、自分が笑っていた事にも」

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今はまだ、風紀や昔から交流のある少数の生徒たちしか親しい友人はいないと聞いている。 主人に仕える従者としては、もう少し多方面と交流を持ち、健やかな学生生活を送って欲しい。 しかし、それ以上に主人の交友の幅が広がることが少しだけ嫌でもある。 これは、たぶん、俺のーーーーー 「尊?」 不意に名前を呼ばれ、ハッと我に帰った。 いつのまにか整った美しい顔がこちらを覗き込んでおり、その顔の近さに驚く。 どうやら雪兎の顔を眺めて時間を忘れていたらしい。 「ごめん、ぼーっとしてた」 パチリとひとつ瞬いて、その訝しげに細められた瞳を見た。 「…どうかしたか」 何かを感じ取ったのか、屈んでいた腰をさらに屈め、ピタリと額同士を合わせてさらに覗き込まれる。 目の前には色素の薄い灰。決して揺らぐことのないソレは、ただの凡人にはひどく神聖なもので威圧すら与えるらしい。 昔、どこかの誰かがそう言っていたことを思い出した。 ーーーーーまぁ確かに。 少し、分かるかもしれない。 近すぎて、お互いの瞳の色しか認識できないこの距離でも。感じる。伝わる。 何もかもを見透かすように。逃げる事は許さないというように。 一度絡め取られてしまうと、逃げ出せない。
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