「ーーー気がつかなかったのか、自分が笑っていた事にも」

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気がつくと、告げていた。自ら発した声が、言葉が、凍っていたのが無意識化でもわかった。 そうしてしまったなあと、焦りもせずにただ思う。 言うハズじゃなかったのに。 「………尊?」 何を言ったのかわからないと言う様子で俺の名を呼ぶ雪兎へ手を伸ばし、風で乱れた灰の髪を撫でる。 サラサラと指を滑る灰は、背後に広がる一面の紫に映えて、ただただ綺麗だった。 「……どうした?ぼんやりして。ほら、早くお参りに行こうぜ」 先ほど告げた言葉など最初からなかったかのように穏やかに微笑んで、そっと手を引き見上げる。 そこには案の定、釈然としていないという顔があるが、気にせずに再度手を引くと。 「………あぁ」 決して追求する事はない、単調な返事が返ってくる。 いつものことだと思ったのと同時。 自然と笑みが漏れた。それはきっと歪んで歪で儚くて。いつものように綺麗なものを象ったものではないと自覚する。 浮かべた笑みを見られぬように顔を背け、ただ前を向く。 握る手に少し力を込めた。少しの安堵とやるせなさを抱えて。
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