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四方を本に囲まれた、静かな空間に紙のこすれる音が響く。その中に佇む人影が一つ。
深い海を思わせる青みがかかった濡羽色の髪を高いところで結いあげて、静かに微笑む姿はさながら巫女のように神聖なものを思わせる。
長い睫毛が縁取る瞳が見下ろす先には、本棚から無造作に取り出した本が一冊。
長く細い指が、一定の速さでページをめくる。
古書独特の香り、身長を遥かに超える程の厳かな本棚に囲まれ、自分一人しか存在しないこの空間が彼は何より好きだった。
『ーーーゎぁっ……』
ふと、開け放たれた窓の外から湧き上がる声援が耳をかすめ、手を止めた。
そのままちらりと窓の外に視線を滑らせる。
天気は晴天。散らずに残った桜の木の花びらが心地よい春風と共に舞散る。絶好の"入学式"日和。
「………あ」
入学式があるから絶対に講堂に来いと言われたのが昨日。
ふらふらといつもの癖で此処に来たのが一時間前。
しばらく、うん。と考え込み穏やか、嫋やかと定評がある笑みを一瞬崩した彼は、それでもまた、いつものように微笑んだ。
もう一度外を眺めたその瞳には、確かな愉悦が含まれており、形の良い唇が作り出す笑みは、わずかに歪んでいた。
「退屈だな」
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