「退屈だな」

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♢ 「ぃ……ぉい……おきろ、尊」 瞼を刺激する春の日差しと、どこまでも無愛想な低い声に呼びかけられゆっくりと意識が浮上する。 「ん……、なつめ……?」 眩しくて少し目を細めながら声のした方を見上げると、静かにこちらを見下ろす美男子が一人。 朧気な意識のまま、本能的にゆるゆると片手をそちらへ伸ばす。 それに答えるように、伸ばした手に冷たい手が絡み、強い力で引き寄せられた。 「はやく、起きろ」 ぽすりと、広い胸板に額をぶつけ、意識が覚醒する。 「痛い」 この行為に相手も自分も随分と慣れ親しんだものだ。 ふと、まだ年齢が一桁だった初等部の自分と相手を思い出す。 あの頃は、噛みつかれるばかりで、懐に招き入れられるとは露ほどにも思わなかった。 なんだか感慨深くなり、クスクスと笑いが漏れる。 「起きたか、めし」 「んぅ」 相手はこちらの意識が完全に覚醒したのを感じたのであろう。 短く言い残し、部屋を出て行った。 その背中をぼんやり見送り、もそもそと着替える。 朝ごはんなんだろう。 洗面所で必要最低限の支度だけ済ませ、いい匂いのするリビングまで急いだ。
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