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「 先を越されたと思っていたが……なるほどな」
それは呟く様な小さな声で。
考え込んでいた俺を横目に、恭介がベンチから立ち上がる。
「何か言いました?」
距離が離れた事と、小さな声とか相まって先ほどのつぶやきが聞こえなかった。
どうしたのかという意味も含めて尋ねると、なんでもないと返される。
何かまずい事言っただろうか。
先はどの言葉も、先がどうとか、なるほどとかしか聞き取れなかったし。
もう一度、声をかけようとしたその時、恭介が振り返る。
その顔には、いつもの様な笑みは浮かべられておらず、真剣な眼差しがこちらを射抜く。
思わず体に力が入り、背筋が伸びた。
「………恭介?」
何も言葉を発さず、俺の目の前まで歩み寄り、見下ろされる。
少しの間見つめ合っていたが、名前を呼ぶとようやく瞬きを1つ。
そうして右手がゆっくりと伸びてきて。
するりと俺の長い髪を一房手に取り、確かめる様に撫でる。
本当に、どうしたんだろうか。
こんな変な恭介は、初めて見た。
「どうか、しました?」
この空気に耐えきれず、髪をいじる手に触れ尋ねる。
一瞬、何が起きたのかわからないという様な顔をして、触れている手を凝視していたが、次に瞬きを1つする頃にはいつもの恭介に戻っていた。
「なんでもねぇよ、本当に」
仕方なさそうに微笑んだ顔を見て、ようやく肩の力を抜いた。
「ならいいです」
こちらも微笑んで、そう返す。
いつもの調子に戻ったと、安心して触れた手を離そうとしたが。
「……本当に、どうかしました?」
いつのまにか髪に触れていた手は、俺の手を握っていて。
ほどけない様にしっかりと、指の間に指を入れられていた。
「……そういえば、聞いてなかったことがある」
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