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「願い事」
一言そう呟かれた声に混乱していた意識を戻した。
目の前の男の視線は己の持ち上げられた手元に落ちている。
見ると、先ほど俺に触れていた指先には、緋色の髪結い紐が絡まっていた。
無骨な手にその赤が映える。
そうしてやっと状況を理解する。
こいつ、髪ほどきやがった。
「これ、貰っとく」
鳴り止まない歓声の中、それでも渡されたマイクを使わず、まるで皆に聞かせまいと言いたげに。
ひどく静かにそう告げられた願い。
俺にとっては些細なものだが、こいつにとってはそうではないのか。
指に絡まる赤を見つめる。
そんなのでいいのか。
そう口を開こうとして、棗を見ると、何も言うなと咎める様にこちらを見る視線と、再度伸びてくる手。
髪が降りたことにより頬にかかったそれを丁寧に耳にかけられる。
そうして露わになった耳に顔を寄せられ、
「今日は一日髪、おろしたままでいろ」
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