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それから、どのくらい時間が経っただろうか。
柔らかい髪を手慰みに撫でていると、いつのまにか小さく響いていた声が止み、しがみついていた腕は遠慮がちに回されるほどになっていた。
「…すみません。俺、制服汚してしまって」
泣いたためか、低く掠れた声が耳元で響く。
横目でそちらを見ると、瞳を覆っていた場所に、額を押し当てひどく申し訳なさそうに俺の制服を握る姿が目に入った。
うん、昔からだが、俺は慕ってくれる後輩には滅法甘いらしい。
「気になさらないでくださいませ。私が望んだことですよ。……髪、柔らかいですね。ついつい触ってしまいました」
もう一度、その柔らかな髪をすくと、気持ちよさそうにすり寄ってきた。
完全に無意識だろうその行動に、密かに口元が緩んだのは秘密だ。
そうして暫し流れた穏やかな時間を先に破ったのは、ハッした様子で飛び退いた朝比奈だった。
赤い目元と同じくらい頬を赤らめながら、すみませんと謝る様子に目を細める。
「先ほどもお伝えしましたが、私が望んだことですよ。それよりも、あぁ、やはり。目元を冷やしたほうがいいですね」
少しお待ちくださいませ。
そう告げて、ハンカチを濡らしに足早に階下へ向かった。
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