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藩邸での仕事を終え、稔麿と共に自宅に帰った。
会合まで後二刻半(5時間)、ゆっくりする時間は充分にある。
まずは夕餉の準備に取り掛かる。
「稔磨さん、夕餉にはなにが食べたいですか?」
紗恵はこれといって作りたい物が思い浮かばず、稔麿に聞くことにした。
稔麿は読んでいた本を閉じると紗恵を手招く。
「ご飯はいいからちょっとこっちに来て」
「…なんですか?」
「いいからおいで」
有無を言わせず自身を呼びつける稔麿に、紗恵は戸惑いながら付けかけていた前掛けを外して稔麿のもとへ向かう。
稔麿は紗恵を足の間に座らせると、後ろから手をまわして抱きしめる。
「紗恵、何があったんだ?」
「何がって…。何もありませんよ」
「嘘だね。君は昼頃からずっと不安気な顔してる」
紗恵は不安気な表情に気まずげな表情を重ねた。
稔麿に指摘されるまで、自分が不安気な表情を浮かべているとは自覚していなかった。
桂と話して不安はある程度拭えたつもりでいた。
しかし、そうでもなかったようだ。
稔麿に気付かれてしまった以上、観念して話すしかない。
紗恵は重々し気に口を開く。
「実は、私は自分の知っている史実から、事実を捻じ曲げました。歴史的にとても重要な意味を持つはずだったある事件を、なくしたのです。そのことでこれから起こる出来事は私の知る史実と異なるであろうと思われます。…つまり、私の知識が及ばなくなるのです。これから先のことは私にも分からない。それが当たり前なのに、知識にないことがたまらなく恐ろしいのです」
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